2016年11月24日

八木山の地形 はじまり

☆☆☆


先日の11月22日 朝5時59分
福島県沖を震源とする地震が発生しました。

鳴り響いた地震速報、津波警報。

M7.4の地震で、仙台港では最大1.4mの津波も観測、
福島、茨城、栃木各県で震度5弱、震源の深さは25キロ。

現在でも、震度1程度を中心とした有感地震が、
かなり発生しています。

色々と警報が遅れたと、色々と言われているようですが、
気象庁は予算が限られているので・・
色々と正確に予想するには、限界もあるでしょう。


どこからかは不明ですが、
とりあえずは「東日本大震災」から、
日本列島の付近は「活動期」に入っているようです。

地震などが起きると「人間心理の不安」から、
いろいろと凄いことを想像する方もいると思いますが、
まずは「日本の地形の成り立ち」から見てみると良いかもしれません。


これを調べ始めますと、諸説いろいろとあるのですが、
確実に調べるのは不可能に近いので、
「年号などは、おおざっぱ」に見る必要があります。



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明日、日本が無くなるんじゃないか・・
いろいろと不安を持つ方も多い中と思いますが、
日本列島は、
1億年前には、存在していませんでした。

まず、ここのイメージ力が大事ですね。
「1億年前」です。

震災は、5年前です。
これを5円にすると・・1億とは想像がつかないほど遠いです。


1億年前、日本は、ユーラシア大陸の中です。

現在は存在しませんが、
1億年前の太平洋に「イザナギプレート」というプレートが
存在しており、そのプレートが北にズレていったことで、
ユーラシア大陸のヘリに「横ズレ断層」が出来ました。

当時で言えば、ユーラシア大陸のヘリにあたります。

その「横ズレ断層」が、現在の日本を形成した、
「中央構造線」に当たります。


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現在の地形で説明しますと、
赤ラインが「中央構造線」、
青ラインが「フォッサマグナ」・・
東日本と西日本の境目となる地帯で、
「中央地溝帯」とも呼ばれます。

赤ラインの中央構造線が、
1億年前は、ユーラシア大陸側にあったのです。



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7000万年前には、
イザナギプレートがユーラシア大陸側に押し続けられ始め、
イザナギプレートが、いわゆるユーラシアプレートの下に
沈み込んでいきます。

結果的にそれは、様々な堆積物がユーラシア大陸のヘリに
海で運ばれることとなり、それが地層となっていきます。

これが、現在の日本の「土台」・・
海の下にある日本の下の、地層土台になりました。

そして約3000万年前、
「地溝帯」・・いわゆる断層によって凹凸が連なっていた
ユーラシア大陸のヘリに「海が進入」してきて、
海底の拡大が始まります。

そして、浸食などで、大きな島が出来始めます。
これが、大陸と日本の分離のきっかけです。

そして300万年ほどで、
現在の「日本海」が出来上がり、
ユーラシア大陸と、現在とは形が違いますが、
「日本列島」として分離します。

ここでも年月をイメージしてくださいね。
分離していく年月は300万年という期間です。
伊達政宗が生きていた時代は、400年です。



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そして、約2500万年前・・
現在の「東北のきっかけ」となる
ある出来事が起こります。

大陸から分離し、陸だった現在の東北地方が、
太平洋の地殻変動により、
現在の北上山地・阿武隈山地を残して、
海に沈んでしまったのです。

500万年前の図に、
東北地方に裂け目があるのが分かるでしょうか。

この東北の大きな東西の裂け目は、
激しい火山活動によって起きたモノです。

そして、裂け目が生じて、
陸地の沈下が起こってしまいます。

最も激しかったのは、現在の奥羽山脈付近です。
蔵王山の活火山の由縁は、ここからでしょうか。

この長きにわたる火山噴火により、
海に沈んで堆積物の地層を形成したのが、
現在の地域としては、茂庭や旗立エリアと言われます。

八木山などは入っていません。もっと後の時代です。

火山活動は、現在の奥羽山脈、
そして現在の松島・塩釜近郊で長く続いていました。

海の中での話です。

奥羽山脈だけでなく、色々なところで
火山噴火が起こっていた時代だったのです。

その後、奥羽山脈は隆起を始めていき、
陸に上がる高さになっていき、
現在の形へ近づいていきました。

つまり、この奥羽山脈の火山で隆起した結果、
東北地方を東西に分けてしまいました。

この部分は、最近、海で噴火し形成された、
「西ノ島」をイメージして頂ければ分かりやすいでしょう。

そして、100万年前〜2万年前ほどの期間、
大部分が海だったものから、海が引いていき、
陸地が形成されていきました。


八木山エリア付近の「竜の口渓谷」や、
現在、人の目に見える地層などは、
「300万年前」ほどからの地層と
言われています。

つまり、現在の仙台市も八木山エリアの地形も、
大きく見て「500万年近くかけて出来た地形」
ということになります。

その間に、火山噴火もありました。

そして、その火山灰などが降り積もりが、
現在の八木山などの、
仙台市全域で見られる「火山の堆積物」
ということになります。



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日本列島が、大陸から分離を開始した約3000万年前・・

赤ラインの断層、
「中央構造線」が日本が作られるきっかけとなり、
青ラインのフォッサマグナ・・
東日本と西日本の境目となる「中央地溝帯」は、
海図を見ると海に繋がっていることが分かるかと思います。



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そして、日本を形成した「プレート」は、
この記事で説明を始めた1億年前から現在に至るまで、
地殻の変動で、現在のように形成されています。

1億年という月日をかけて・・です。


現在、東日本大震災で日本列島が揺れていますが、
大陸から離れて「島」と化した期間は、
上記にもある通り、
「300年ではなく、300万年」かかっています。

プレートの上にある日本ですが、
日本が割れてしまうことがあったとしても、
数年で思い切った地殻変動が起きることはないです。

何100万年とかかる「歴史」です。

記録に残る1000年の間で、
地震が起こる場所や津波が来た歴史は分かっても、
その中で、北海道が割れたなど、大きな地殻変動が
あったことは無いのです。

あったとしても、何100万年とかかるのです。



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宮城県の海側が、
なぜこんなに「湾曲」しているのだろう・・

そう思ったこと、ありませんか?

津波が何度も何度も来て、削れた・・
と思っている方もいるかもしれませんね。

これは、陸になった時代からこうなったわけではなく、
海だった時期に、海の中でこうなった形です。

堆積物の関係もありますし、
極端ですが海がもっと引けば、この形にはなりませんね。

ただ、宮城県沖の断層も、関係しているでしょう。


日本の断層についても、
すべて分かっているわけではありません。

地表から分かる「ズレ」と、
地層から判断するしかないのが現状です。

地表から分かるズレは、
コンクリートに囲まれ、建物や埋立地が多い東京などで
把握するのは、もはや困難です。

地表からのズレは、
何10年も前の航空写真と、現在の航空写真をマッチングさせ、
ズレている箇所が分かると、そこの地層を調べるのだそうです。

医療のレントゲンで、
病気を見つけるのと同じようなものでしょうか。

ただ断層を見つける場合は、
自然が残っている地域に限られるそうで、
建物が多い「都会」になると、
自然にあふれている昔と、マンションや住宅・ビルで、
地形を変えてしまっている現在の写真では、
比べることが出来ないので、困難なのだそうです。

さらに、仕方がないからと言って、建物が立ち並ぶ場所で、
当てずっぽうで、ボーリング調査するわけにもいかないので、
もはや都会では判断はしにくいでしょう。

仙台市内も同様かもしれませんね。

八木山でも、もはや不可能だと思いますが、
青葉山などの自然がある場所が残っているので、
見た目で調べることは出来るようです。



★★★




posted by 八木山取材班 at 06:19| 宮城 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 八木山放送局NET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月23日

仙台市 初雪観測

☆☆☆



仙台市で、夕方頃に初雪を観測しました。

とはいえ、パラッと降った積もらない「舞った雪」です。

八木山エリアでは、11月9日に降りましたが、
仙台気象台付近では降っていませんでした(^_^;)

八木山エリアでは「9日」です。

仙台市の初雪観測としては・・

2016年11月23日
2015年11月25日
2014年12月 6日
2013年11月11日
2012年11月27日
2011年11月16日
2010年12月15日

となりました。


【2年前】
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正午前の積雪_20140215_1146[.jpg
【左・1日分の積雪/右・1週間の累積積雪 /2年前】



果たして、今年は「暖冬」なのでしょうか・・
それとも「平均的な冬」か・・「雪が多い冬」か・・

そろそろ身構える時期になりました。


関東では、明日は雪の予報が出ているようですが、
それは東北でも同じでしょう。

テレビでは、東京に雪が降っただけでトップニュース・・
雪国の人が見れば
「何いってんだ・・」「他にニュースあるだろう」
と思うでしょう。

東京キー局の番組を受けているローカル局には・・
どうしようも出来ませんね。


さて・・
「タイヤ交換」の方、みなさま大丈夫でしょうか。

気温も一気に下がってきました。
「路面温度も、マイナス温度」になる日もあります。


現在・夜11時40分現在の八木山エリア
気温:2.2℃  路面温度:2.0℃

朝の状況に、ご注意下さい。






☆☆☆

posted by 八木山取材班 at 23:49| 宮城 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 八木山放送局NET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月22日

八木山エリア いろいろな風景 「グリーショップ朝日屋 閉店」

☆☆☆



久しぶりに、
夕方頃に八木山エリアに居た取材班でございます。。

最近では、八木山の情報が取材班自身が取れない状態にいて、
いろいろと気づくところもあり、掲示板でも情報を頂き・・
散策してきました。



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お気づきかと思いますが、
現在「八木山ベニーランドの入場口が変更」されています。

ベニーランド駐車場方面の、搬入口等に使用されているゲートが
「現在の入場口」となっています。

来年3月の新オープンの時まで続きます。



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理由は、「エントランス新設工事」「入場口の解体/新設」
によるものです。

経年劣化・震災も含めて痛みがあったようです。

開園以来48年以来の大改装というものですが、
これまでも「絶妙な改装」は実施していたでしょうか。

長年親しまれてきた風景が、消えてしまいましたね。



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香住町エリアには、今月の11月14日、
新しく「河北仙販 八木山支店」がこちらに移転しましたね。
以前は松が丘エリアにありました。

仙台市太白区香澄町4−7
電 話:022−229−1581
FAX:022−229−1894

城南高校付近・・
昔で言う「電子校の坂」を登り切ったところです。

「カラオケきやり」さんがあった建物が解体され、
河北仙販になりました。



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当サイト開設当初は、
「カレー・弁当のイエロー」さん・・そして
「串焼きRun」さん、さらに「団Runの房」となっていたと
掲示板でお知らせいただきましたが、
この店舗が閉店してしまいました。

このあたりは、次回の記事で記載しますが、
いろいろと商売は難しいものですね。

現在、店内で使用していた「厨房機器」や「家具」
が格安で販売中と掲示されています。



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そして「青山エリア」では、
八木山南エリアに事実上移転している、
「サンマリ青山店」の建物が解体されました。

この後に記載しますが、
「青山〜緑が丘道路」に「スーパー」が
完全に消滅したことになります。

みやぎ生協さんの「緑が丘店」が、
現在の店舗にまとめられてから、
「サンマリ」さんが消え、そしてもう1店舗・・。



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タイトルにもありますが
「緑が丘エリア」にあった老舗中の老舗・・
「グリーンショップ朝日屋」さんが閉店してしまいました。

先日の11月19日が最終営業日でした。

取材が追いつかず、大変残念です。。


緑ヶ丘団地の宅地造成は、
民間業者によって昭和30年はじめに開始されており、
この緑ヶ丘団地に「グリーンショップ朝日屋」さんが開店したのは、
昭和38年のことです。

それから53年近くになるでしょうか・・
緑が丘エリアの台所を支えたスーパーでした。

半世紀に及ぶ・・世代を超えたスーパーさんでした。

若い方は知らないと思いますが、
オープン当時からまもなく・・この通りの界隈は、
「桜並木」でした。

当時、小さい桜の木を植えて、
ビシッと育って桜並木になっていましたが、現在はありません。

その名残が、スーパー敷地内にある「桜の木」でした。

現在「2本」だけ残るうちの、貴重な1本です。




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昔は、こういう雰囲気のスーパーばかりでしたが、
今年オープンした「ヨーク」さんも含め、
大手スーパーが広まってくれば、
老舗は消えていく運命があります。

これは、当サイト開設当時から書いてきたことです。

最近では、、
朝日屋さんが最後に行列を組んだところを見たのは・・
「震災の頃」だったでしょうか。

昔は、車が一家に1台で、
それはお父さんが使用していたため、
平日の昼間などは、お母さんは歩いて買い物に行っていました。

ゴロゴロと買い物車を引いていた風景が、
多くありました。

そういう影響もあり「地元スーパー」重宝していました。

再び震災があると・・・
このエリアは大変厳しい状態になるでしょうか。



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震災当時の朝日屋さんと、桜の木です。

震災当時、ガソリン不足や仕事が出来ない状態になったことから、
八木山に滞在する人が増え、
住人は八木山エリアを「徒歩や自転車」で移動しました。

昭和ならではの光景です。

昭和の頃は、地域を歩いて生活し、
人であふれていた時代が、ちゃんとあったのです。

もちろん、子供が多い時代でもあり、
上記に書いたようにクルマが一家に1台で、
平日でも、多くの人が歩いていました。

そして時代は変わり、クルマは複数台あり、
買い物がしやすい地域に移動し、
結果的には、高齢の方々には住みにくいエリアになったでしょうか。


地元で買い物できる場所は、少なくなっていく一方なのでしょうか。

震災が起きたとき、やはり心配ですね。



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「サンマリ青山店」

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朝日屋さんの向かいには郵便局があり、
「バス通り」でもあるため、
比較的「クルマ通りが多い」です。

そうです、あくまで「クルマ通り」なのですね。

近くには「ツルハドラッグ」さんもあり、
さらには「ヨーク」さんも出来たことから、
お客さんもそちらに流れていったのでしょう。


昭和38年から営業していると、
「砂漠のような八木山」だった頃を、
当然ですが、知っているスーパーさんでした。

もう、そんな頃から続けている店を探すことすら、
難しくなりました。




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☆☆☆

posted by 八木山取材班 at 02:51| 宮城 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 八木山放送局NET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする