2011年03月08日

八木山の大昔 もっと昔

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八木山の昔を調べようとすると、

見方を変えると、最近からのものしかありませんね。


多いのが、住宅が並び始めた昭和40年代頃からですが、

昭和初期、向山の八木山緑町界隈の「初めての住宅エリア」が

ありましたので、その時代あたりから「写真などの記録物」が

存在します。

「八木山球場」なども昭和初期ですね。


仙台城の裏側に位置している八木山エリアは、

「おとめ山」として立ち入りが禁止された区域だった江戸時代。


誰も入った事がなかったのかと言えば、恐らく違うでしょう。


江戸時代の前は入れたでしょうし、

ひょっとしたらその時代でも極秘裏に入っていたかも知れません。



今回は、ものすごく昔までさかのぼってみましょう。




八木山は「青葉山段丘」という100メートルから212メートルの

段丘です。


小・中学校の頃に「河岸段丘」というものを習ったと思いますが、

仙台市街地は「広瀬川」によって造られた河岸段丘の地形です。



段丘.jpeg




段丘は、数年で造られるモノではなく、

地殻変動・火山・洪水などの自然の力で自然に出来上がったモノ。



砂を敷き詰めて、ホースで水を流してみると分かると思いますが、

ホースから出る水の流れで、川が出来ると思います。


それを流し続けると、その川は「だんだん水深が深くなって」いきます。


実際の川の場合、上流部から堆積物が流れてくるため、

川の両岸に堆積物も溜まります。


洪水などで、川の流れが変わったりする現象が起きます。


もっとさらに、火山の噴火などで火山灰などの堆積物も降り積もる

などの状況も出ます。


さらにさらに、地震などの地殻変動で、川の流れが変わるなどの

影響も出ます。



などなどの状況から、

川の周りは、階段のように高くなる状態になります。

これが「河岸段丘」です。



ただ、数100年でこうなるわけではなく、

何万年という時を重ねて成り立っています。


上の図から分かるとおり、

何万年も前は、仙台駅の場所も「広瀬川」だったという事です。


現在の広瀬川の状況は、

今の場所、西側にスライドしてきた結果です。



見方を変えると、

「広瀬川が造った地形が、今の仙台市街地」という事です。




そして八木山を含む「青葉山一帯」は、

広瀬川の造った段丘面が相対的に「隆起」して出来た地形です。



「昔、八木山は広瀬川より低かった」という言い回し

があるとすれば、それは本当ですね。




以前、「竜の口渓谷」でも記事にしましたが、

今から550万年前は、この一帯は「海」でした。

『新第三紀』と呼ばれる時代で、

その海は「竜の口海」と呼ばれています。




竜の口渓谷を見ると、下から、

「竜の口層」「向山層」「大年寺層」「青葉山層」

となっていて、

「竜の口層」と「向山層」の境目は、

追廻住宅のテニスコートの橋の付近です。



イメージ湧きましたか?


意味が分かりますよね?



550万年前の八木山を含む青葉山は、

「この高さ」だったということです。


現在の仙台国際センターの高さ程度っていう

ことなんです。



竜の口層は、高い所で約60メートルあります。



そして「向山層」と言われる「広瀬川ぎょう灰岩部層」は、

「火山灰」などによって堆積した層です。

約40メートルあります。


八木山で「亜炭」が活発だった仙台亜炭は、

この向山層から出ています。



ちなみに太白団地は、

標高180メートルの「旗立層」の上にありますが、

「茂庭層」の上にあり、「旗立層」もぎょう灰層です。



この層は今から300万年前の「火山噴火」らよって出来たモノです。


この時には、二足歩行の「猿人」がいたとされていますね。

石器時代は200万年前と言われています。





しかしこの火山噴火、実は今でもどこで噴火したモノなのか、

分かっていないのです。 

何となくここか?

というものはあるようなんですが、ハッキリしていないんだそうです。


理由は、長い歳月で証拠が消えてしまっているためです。


まぁ・・300万年前ですしね(^_^;)


こういうこともあり、仙台市内は「火山灰が積もった地層の上」にある

という言い方も出来ますね。




そして「向山層」の上の「大年寺層」30メートル、

「青葉山層」35メートルです。

ちなみに「八木山層」もあり、「大年寺層」と同じような位置です。




分かりましたか? 「自然の力」で、500万年近くかけて、

私たちがいる八木山は造られてきたということを。


もともとが今のように八木山が、100メートル以上の標高があった

訳ではないのですね。


60万年くらい前には、私たちも知る「氷河期」といわれる

時代もありました。

色々な自然を経過しての、現在の形なわけです。




ちなみに、「大年寺層」と「八木山層」は、

締まりが良く水を通しにくい「不透過層」と呼ばれる層です。


八木山は地盤が固いと言われるのは、ここからでしょう。



ただ「青葉山層」は、地下水の通り道にもなっていて、

水を通しやすく、

しかも「大年寺層」の上に不整合に覆われている層のため、

地滑りを起こしやすいです。

ただこれは、国などが対策を行っています。




なんか、地学みたいになりましたね(^_^;)


八木山というか、青葉山の成り立ち、分かりましたか?



まぁ500万年前の話をされても、

500万年前と499万年前では、「1万年だけ」の気がしますが、

現在は西暦2011年。

西暦元年から数えてら2000年だけしか

進んでいないんですよね(^_^;)

1万年といったら、2割しか進んでいないんです(^_^;)


この2000年の中に、伊達政宗もいれば聖徳太子もいて、

卑弥呼までいますよ(^_^;)


こう見てしまうと、時代って進んでないようにも見えて、

不思議ですね・・。



こういった中でですね、

仙台市街地は、広瀬川で作れている河岸段丘の立地のため、

段になっている場所が多々あるんです(^^)/


広瀬川がなかったら、どういう立地になっていたんでしょうね(^_^;)



次回は、皆さんが地震で気になる「地盤」「断層」について、

行ってみましょうか♪

「長町・利府断層」」「大年寺山断層」などなどm(_ _)m






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posted by 八木山取材班 at 04:37| 宮城 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 八木山放送局NET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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