2012年07月18日

八木山の松並木

★★★


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香澄町エリアから動物公園方向に向かうと、
TBC東北放送さんから八木山ベニーランドにかけ、
約200本の「八木山松並木」を見ることが出来ます。

平成6年度、八木山松並木関係者に対し、
仙台市都市景観大賞も受賞しています。

八木山が「山ばかり」だった大正〜昭和時代にかけ、
「八木山球場」「遊園地」などに行くため、
5代目八木久兵衛氏が、この道を造り、
そして道の両脇に植えた「松」が、
現在のように成長した姿が、この「八木山松並木」です。

現在は、家やマンションが多くありますが、
当時は、正真正銘の「松の道」でした。

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石澤氏著書の「八木山物語」でも書かれていますが、
この「八木山松並木」は、
私たち住民、誰よりも早く根付いている「先住者」です。

現在は、道路の整備や開発の中で姿を変えていますが、
現在の松の大半が「企業内や個人の敷地内」にあります。

場所によっては歩道を塞ぎ、
住居のクルマの出入りの邪魔をしています。


昭和初期頃から比べると、
現在の松は「残っている松」になっていて、
開発により伐採された松も多くあります。

しかし現在残る「松」と、その住居の環境は、
松並木を生かして住居や建物が造られています。

人の敷地に「松がある」のが、普通という姿。

「自然と人との共存」が、ビシッと現れている、
日本でも珍しいと言われる場所なんです。


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東北工業大学さんの敷地の中にも、
この松並木の一部がありますね。

「人間のご都合主義」との違いが、
ハッキリと現れている場所が「八木山松並木」です。

人の都合で切られるという場所とは、
違うエリアということなんですね。


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平成6年度の仙台市都市景観大賞は、
408件の選考候補の中から選ばれていて、
この東北工業大学さんも含め、
企業・個人などの15人の関係者が表彰されています。


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松は、雪や台風・大雨には弱く、
枝が折れたり倒壊したケースが多くあります。

しかしこの「八木山松並木」の凄いところは、
「松の保存責任は、それぞれの責任」となっている点です。

東北工業大学、東北放送、紅久株式会社などの松は、
保存状態が良いそうです。


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動物公園側に抜けると、
今度は「ケヤキ並木」が一斉に連なっているエリアに
入っていきますが、
現在は地下鉄東西線関連で一部伐採があります。

工事とまちづくりによるもので、
ケヤキかどうか分かりませんが、
完成近くなると、再び植樹されると思います。


私たち人が住むより、遙か前に鎮座している「自然」。
「先住者」である「八木山松並木」。

先日テレビで放映していた「となりのトトロ」
じゃないですが、
「木は守り神」と思っている方も多いでしょう。

現在、八木山で残る長寿の歴史、「八木山松波木」。
みなさんも、「歴史が長いんだ」という目でご覧ください。


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★★★


posted by 八木山取材班 at 19:06| 宮城 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 八木山放送局NET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月17日

八木山ベニーランド 「レストハウス・ふれあいホール」あります

★★★


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−塩釜みなと祭り・前夜祭−


先日行われた「塩釜みなと祭り」の前夜祭。

業務ではありますが「船で花火を見る」という、
「役得」の撮影スポットで見た取材班(^_^;)

朝5時から10時過ぎまで仕事をしていましたが、
こんなのでよかったら、こちらの業界へどうぞ(^_^;)

さて、連日で30度越えをした仙台市ですが、
梅雨明けはまだですが、暑いですね・・。


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一昨日の15日に終了予定だった「松ヶ丘1号線」の工事、
どうやら予定通りにはなっていないようですね。


まだ回り道が必要ですので、付近住民の方、ご注意ください。


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さて先日、
懐かしの「八木山ベニーランド付近」の写真を、
少しご紹介しました。

そしてこの八木山で、若手30歳代が中心で活動している
「やぎやま地域デザイン研究所」(略称「やぎラボ」)で、
秋に予定している「あるイベント」のため、
八木山ベニーランドにおいてロケハンを行いました。

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詳細は煮詰めている最中なので、
もう少し時期が経過してから、こちらでもお伝えします。

この八木山ベニーランドの園内、
知らないようで知っているような・・
そんなモノがたくさんあって、
八木山エリアに長年住んでいる方でも、
分からなかったことが多かったりします。


ロケハンを行った時に、
記憶の範囲で、取材班が初めて入ったと思われる場所が、
「レストハウス・ふれあいホール」です。


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レストハウス


「八木山サイクロン」のすぐそばにあるのですが、
かなりの人数を集約できるスペースですね。

「貸し切り使用など、
 空いている場合は入園料のみでOKです。」



ベニーさんが9月〜11月下旬・秋に行う「いも煮会」。
この「いも煮会」は、
このレストハウス付近で行われます。


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ふれあいホール


そして、レストハウスからもつながっている、
「ふれあいホール」というスペース。

ちょっとした・・というより、
「大がかりな会議」も出来そうなホールが、
実は八木山ベニーランドにあるんです。


よく地域で、市民センターのような
「コミュニティが出来るハコが欲しい」
という要望が出たりするのですが、
取材班も盲点でしたが「あるじゃん・・」と感じてしまいました。

ベニーさんとも協議が必要ですが、
「使えるモノなら、使いましょう」という感じがします(^_^;)

仙台市などの「役所施設」ではないので、
「気軽に」とは行かないかも知れませんが、
「民間企業」ですので「地域コミュニティ」は重視しています。

行動で見えないかも知れませんが、
地域の病院だって「地域に根ざした医療」を目指していますので、
企業などの行動を待たないで、
『住民から向いていく』ということも、
必要なのではないかと感じた取材班でした。

同窓会などでも、使えるかも知れませんしね。


「こういうものもあるんですよ」

とお伝えするのも、当サイトの役割でもあるかなと、
今回記事にさせて頂きました。

地域の皆さん、記憶にとめておいて下さいね(^^)/



【八木山放送局Net からのお知らせ】

7月21日(土)〜7月29日(日)まで、
長期間になりますが、当サイトの更新をお休みさせて頂きます。

さらに仙台七夕付近まで不定期になる予想です。
サイト監視は持続しておりますのでご安心ください。



★★★
posted by 八木山取材班 at 22:04| 宮城 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 八木山放送局NET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月15日

八木山小学校 「おやじの会」 夏・恒例「お泊まり会」

★★★



八木山エリア「仙台市立八木山小学校」に通う子供たちの、
「おやじ達」で結成されたのが「八木山おやじの会」です。

結成は平成13年です。

冬には「餅つき大会」、春には「お花見」、
夏には「学校・お泊まり会」「夏祭り」等を開催・協力している
「八木山小学校・おやじパワー軍団」です。

八木山小学校に通う子供達がいる「おやじ達」で結成されていますが、
通常ならば「子供が卒業すると、おやじの会も卒業」のはずが、
子供が卒業しているのに「おやじが卒業できない」
という構図が、いま広がってしまっています。

在校生のおやじさんが、ちょいと少ないんですね。
恒例のイベントなどを行う時、おやじ不足と。

そうなると「OBおやじ」が、卒業できないわけです。
子供達は毎年次々に入ってきますし。。

OBおやじと書いてしまうと、
ゴルフの曲がっていく親父みたいに見えてしまいますが、
欲しいのは現役在校生がいる「現役おやじ」たちです。

ニューカマーのおやじ達、待ってます!!

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母校だという方、懐かしい体育館ですよ(^^)/

さて、おやじの会恒例イベント、
夏の「八木山小学校・お泊まり会」が、
なんと、現在行われています(^^)/

「八木山小学校の体育館にお泊まり」するという、
夏ならではのイベントなのです(^^)/

取材班は明日、仕事で5時半起き!
今は夜中1時。
この時間に記事を書いて、大丈夫でしょうかワタシ・・。

毎年恒例の「お泊まり会」は、
今年で10回目でしょうか。
長く続けることが大事ですね(^^)/

もちろん、
八木山小学校の全面協力で行われています(^^)/

今年は100名近い参加者がいました。
97名だったと思います。

小学校3年生までは、保護者同伴。
4年生からは児童だけでお泊まりです(^^)/

任意参加で100名の参加、素晴らしい(^^)/

夕ご飯を校庭で作って、美味しく食べて、
暗くなってきたら「校舎の中で、肝試し大会」、
そして八木山小学校の体育館で、
保護者、おやじ達、先生、子供たちで、
みーんな一緒に寝るんですよ(^^)/

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御父兄のフェイスブックで情報が入り、
「肝試し大会」から取材開始しました。

肝試しを行う前に、「怖い映画」を見せてから、
肝試し大会を行うという凝った方式(^_^;)
写真は、その様子です。

そしてグループで順番に呼ばれていきます。

お化け役は、おやじ達、高学年の子供たち。

こっちの方が楽しかったりしますね(^_^;)

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夜の校舎、入る機会がないですから、
ワクワクしますね(^^)/

ただ子供達は、怖いの方が大きいかな?

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怖くてリタイヤする子もいれば、
「怖くないモーン(^^)/」をひたすら言う子供、
いろいろいましたねー。
驚かしがない子も、
やっぱりいつの世代にもいますね(^_^;)

後ろから付いていった取材班にも、
驚いてくれていました。 
新鮮なリアクション、ありがとう!


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肝試しの王道「ワッ!」と驚かすお化け役の子供達。
楽しそうですね(^^)/


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怖いから、暑いのにくっついて歩く子供達の姿は、
何とも言えず、良いですね(^^)/

1グループ、懐中電灯1コで歩くので、
真っ暗な校舎を歩くだけでも、
子供達にはビクビクでしょうか(^^)/

写真は、ストロボを入れないとブレるので、
明るく見えてしまっていますが、
実際は真っ暗ですよ(^^)/


そして、何箇所かにチェックポイントが用意されていまして、
答えを書いてくるというルールがあります。


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間違いなく、
この問題考えたおやじさん・・取材班と同年代の香りが(^_^;)

AKB48の問題もありましたが、
考えてみると、精一杯の背伸びだったのでしょう・・(^_^;)


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お化け役の「わっ!」、子供達の「キャー!」の図です(^^)/

校舎には、あちこちでキャー!が、響きまくっていました。

1年生から6年生までの「たてわり」、
これは、やはり良いですね。

いろいろ良い勉強になるんです。
低学年は、高学年に優しくしてもらったこと、
ずっと忘れなかったりしますしね。

取材班の会社で、卒業式の撮影をさせて頂いている、
八木山小の上にある「カトリック幼稚園」も、
「たてわり」になっていますね。
さりげなく勉強になること、多いでしょうね。


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おやじの会主催「お泊まり会」。

良いイベントじゃないですか(^^)/

子供達には良い思い出になります。
「モノより、思い出」ですね(^^)/

子供達には、ホントに大事だと思いますよ。

こんな一致団結する何かのイベント、
八木山全体で出来れば、楽しいでしょうね。


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肝試しを行っている間、
学年問わず、子供達は体育館で遊び放題です(^_^;)

ここで寝るンですけどね、この後(^_^;)


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取材班も八木山小学校が母校ですから、
体育館の中に入ると、色々なモノが懐かしく感じてしまいます。

校歌も変わっていませんねぇ。


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そして1日の最後は、花火大会です(^^)/

取材班にとって、今年の初花火でした。
子供の多くも、そうだったかも知れませんね。


毎年夏休みが始まる1週間前に行われている「お泊まり会」。

子供達の気分は、もう夏休みでしょうか。

まだ梅雨は明けていませんが、
もうすぐで本格的な夏です。

先頭を切った夏イベント
「八木山小学校 おやじの会主催 お泊まり会」
ファインプレーですね!

おやじさん達の努力が、
きっと八木山地域全体に波及すると願っています。

「地域は、人でつくられる」

いろいろ理由を付けて、
人任せにしている方もいるとは思いますが、
「みなさんの出来る範囲」で、
「地域」をつくって頂ければ幸いです。

皆さんの住む「地域」は、
人でつくられていること、忘れないで下さいね(^^)/



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★★★
posted by 八木山取材班 at 01:44| 宮城 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 八木山放送局NET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月13日

八木山橋 あの頃

★★★



昭和6年、
軍用道路の吊り橋として開通した「八木山橋」。

八木山エリア付近に住む住人にとっては、
必要不可欠な「橋」です。


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(株)東北記録映画社 貯蔵


当初は、「吊り橋」です。

長さ106.7メートル。
幅3.7メートルでした。

取材班は当時の橋を通ったことがありませんが、
「ゆらゆら揺れる吊り橋」だったそうです。

橋の隙間からは、
竜ノ口渓谷が見えるという恐ろしさだったと。


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取材班K 提供


当時は一種の「観光スポット」でもあった訳ですね。

そして現在のコンクリート橋の八木山橋は、
昭和40年4月に完成しました。


全長177メートル、幅8.5メートル。
当時の吊り橋から比べると、
全長が70メートル伸び、幅5メートル広くなっています。


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八木山ベニーランド貯蔵 昭和48年当時


「三輪以上 8時〜18時 駐車禁止」の標識が、
特に印象的です。

現在でも「八木山橋」のバス停もあることから、
「観光地」として機能していたことが分かります。

八木山橋に駐車して、風景や下を眺めるといった方々が
多くいたことを意味しています。

いつから、変わってしまったのでしょう。

建設当時の八木山橋は、
防護柵は高く設置されていませんでした。

ご存じの通り、自殺の名所としても広まっており、
現在でも騒ぎがあるほどです。
ヘリが飛んだり、消防車が出場したりと、
年に1度はあります。

観光地としても機能している、
そして住宅地としての「八木山エリア」としても、
結構厄介な問題です。

何とかしないといけませんよね。

現在はネット社会でもあるので、
昔と比べ、デマも含めて情報も早いです。


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八木山ベニーランド貯蔵 昭和48年当時


昨年の震災で、ダメージが出た同じ付近を、
昭和48年当時、ビシッと工事している状況が見て取れます。

宮城県沖地震でも、
橋脚付近に軽くダメージが出ましたが、
通行止めなどの処置、交通規制が敷かれると、
かなり不便になるのが、この八木山橋でしょう。


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八木山ベニーランド貯蔵 昭和48年当時


橋を渡って、八木山方向の道、
現在とだいぶ違うことが分かるでしょうか?

「どこの山に向かうのサ?」

という感じの道に見えますね。

道路上の景観・・大事ですね。
こんなに違うんです。


「道の景観」は変われど、
40年以上、変わっていない八木山橋ルート。

観光シーズンなどでキャパをオーバーすると、
すぐ渋滞してしまう特徴も、現在でもあります。

朝の渋滞は、昔ほどではなくなりましたが、
よくぞ40年以上も、同じ状態を続けられたものです。

新しい道、必要だと思うのですが、
地下鉄東西線が開通した後、
もしくは「パンダ」が本当に来るのなら、
都市計画道路を本当に20年近く放置したままに
するのでしょうか。

お金はかかるでしょうけど、昭和50年近くからずっと、
八木山の町内会から陳情書が出ていたんですから、
何とかならないものでしょうか・・。

必要じゃないと思うものが造られ、
必要と思うものが造られないこと。

これは、誰が決めているのでしょうか?



★★★
posted by 八木山取材班 at 22:48| 宮城 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 太白区八木山界隈 今昔 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月12日

八木山ベニーランド付近にあったもの

★★★



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昭和43年4月14日、
東北地方で初めての総合遊園地として開園したのが
「八木山ベニーランド」です。

現在では、春になると桜が咲き乱れ、
ビシッとした情景が広がっていますが、
開園当初は、現在とは全く違う風景でした。

乗り物も、今とは種類が異なっており、
物価の関係で「乗り物価格も激安」です。

コーヒーカップ「20円」、
ジェットコースター「60円」、
ゴーカート「1人乗り40円」、
ゲームコーナー「10円」・・
となっています。

昨年の震災でダメージが出たため、
残念ながら無くなってしまった「荒野の野砲」。
これは開園当初からあり、40円でした。


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−八木山ベニーランド貯蔵−


開園前の、工事をしていた頃の貴重写真です。
昭和41〜42年頃でしょうか。

そして今回注目したいのが、
右上にある「建物」です。


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−八木山ベニーランド貯蔵−

交差点の角にあるのが、
八木山エリアの地元出身で知る人ぞ知る、
レストラン「アンデルセン」さんです。

正確に記憶していませんが、
建物が無くなってから20年近くが経つでしょうか。

そして左隣にある建物が、
「ガソリンスタンド・エッソ」さんです。
当時「エッソ・サービス」と看板も出ていました。

ベニーランドが開園する前からあったんですね。

ベニーランド前にあった「エッソ」の名前は、
「エッソ石油 エイトリー八木山SS」でした。

お分かりかと思いますが、
運営は八木山ベニーランドの会社でもある
(株)エイトリーさんです。

この八木山SSがいつ頃まであったのか、
この記事を書く時に事前に調べたのですが、
正確な時期が把握できませんでした。
推定ですが、
撤退して10年経っているかな・・くらいです。

同じ八木山内・八木山緑町エリアにも
「エッソ緑町SS」がありましたね。
ここも現在はなく、3年ほど前に無くなりました。
確か、ガソリンが急騰していた時期だったはずです。

経営は、2つのエッソとも、
(株)エイトリーさんです。

八木山本町一丁目東部(1967_1.jpg
−取材班K 提供写真 −


別のご提供写真でも、
「アンデルセン」さん「エッソ」さんが、写り込んでいます。

この写真は昭和42年11月撮影です。
本町・住宅地エリア側からのものです。

この写真は画質を下げて掲載していますので、
これからは見えませんが、
元データには「動物公園交差点・信号機」が、
「踏切ですか?」という、時代を象徴する信号機
だったことも見て取れます。


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−八木山ベニーランド貯蔵−


「レストラン・アンデルセン」さん、
「エッソ」さんが姿を消してしまった事で、その分、
ベニーランドの正面広場がグッと広がったのは、
現在の状況からも見て取れます。

反面、この付近に存在した商店などの、
昔の賑やかさも消えてしまっている気がします。

変わっていないように見える八木山エリアも、
さすがに昭和40〜50年代の頃と比べると、
ケヤキや桜の木などの植物の成長、
タイトルにある八木山ベニーーランド、
さらにはお店なども、だいぶ変わっているんですね。



★★★



posted by 八木山取材班 at 21:13| 宮城 🌁| Comment(9) | TrackBack(0) | 太白区八木山界隈 今昔 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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