2024年01月19日

八木山エリアの町中華 

コロナ前からでしょうか。。
「町中華」という言葉が広まりブームになったのは。

正確には、
「地元に根ざした大衆的な中華料理店」のことを言うそうですね。

取材班の知る限り、昭和の時代には
現在よりもだいぶ「町中華屋さん」があったと記憶しています。

八木山小学校付近だけでも、
八木山歯科さんの左隣のエリアに一軒
(リサイクル店・あなたの店の付近)、
八木山郵便局の上、ロータリー付近にも一軒ありましたか。

あれ、ラーメン屋さんだったかな・・と思うところで、
町中華屋さんだったかな・・と記憶があいまいの所もありますが、
八木山の隣町ですが、旧道・鈎取エリア「さつまラーメン」さん。
子供のころによく行った記憶があります。

そして、
金剛沢エリア・2021年11月で閉店した「精花」さん。

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この金剛沢の地で30年間営業していた「町中華」でしたね。
もう食べられないのがさみしいです。

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営業当時の30年前というと、
八木山エリアも含め、この地域が活性していた頃。

個人店が多い「町中華屋さん」は、
「人が多い場所に開店する」のは、
商売として当然のことですね。
しかし、1代で閉店することが圧倒的に多く、
これもしかたがないことでもあります。


そして八木山南の「ひより台大橋」が出来て
身近になった気がします。
八木山周辺の「キングオブ町中華」といえば・・・
「太白飯店」さんかなと思います。


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八木山エリア周辺を見てみても、
今や「町中華」を探すのも困難ですが、
現在のところ、40年近く営業中・・町中華のトップクラスに
君臨しているのは「太白飯店」さんでしょうか。
ひより台大橋の先の先・・「日本平エリア」にあります。


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そして現在の所、八木山エリアにある「町中華」といえば、
「桜木町エリア・昇龍」さんと、
「八木山香澄町エリア・愛姫 八木山店」さんでしょうか。

愛姫さんは取材許可頂いているのでサイト掲載中ですが、
データが古いのでメニューは誤差があります。

食べ物は好みが出ますね。 チャーハンひとつでも好みが出ます。
それと「住処から近い」という部分も大きいですので、
自分の住んでいる場所から「近い」のは幸せですね。

八木山香澄町エリアの「愛姫」さんの界隈、
数10年前にはもっと店が多く立ち並んでいました。
カラオケ店・ゲームセンターまであった、そんな地域でしたね。
八木山の地を離れた人には驚きでしょうが、
七十七銀行八木山支店が、無くなっているという、
10年もご無沙汰になると「店などが変わる」というのが、
時代の移り変わりというものなんだそうです。





posted by 八木山取材班 at 02:33| 宮城 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 八木山放送局NET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年01月16日

八木山南エリアのゼブラゾーン

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1か月ぶりでしょうか、、
八木山では約3センチ程度の積雪がありましたね。
仙台市内の朝は、スリップ事故が多発したようです。
八木山地下鉄界隈ですと、冬の季節は太陽の方向の都合で
動物公園側の道路の雪が早く溶ける・・
というのが暗黙の了解ですね。
ガソリンスタンド側・日赤病院側の歩道は、溶けにくいです。
まもなく、新生活の準備で慌ただしくなる時期ですが、
八木山に住もうとしている方は、
「雪の日が降った後の、日中」を見てみると
良いかもしれませんね。


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さて、タイトルの「ゼブラゾーン」。

昨年の夏でしょうか、東北放送さんが
「八木山南・七十七銀行前のゼブラゾーン」を特集しましたね。

取材班もこれは驚いたものでしたが、
皆さんはどう通行していたでしょうか??

大半の方は「ゼブラを踏まないで、車線を変えて通行」
していたかと思いますが、突っ切っていた方もいましたよね。

ゼブラゾーンは「車両の安全かつ円滑な走行を誘導する」
ことを目的としているそうですが、ここで思わぬトラップが。。
取材班の知識では、ゼブラゾーンを踏んでも違反ではないと、
そう覚えていたのですが、実はローカルルールが存在するそうで。。

宮城県公安員会が定めた道路交通規則では、
「ゼブラゾーンの走行は禁止」となっているそうですね。

地方によって交通ルールが変わってしまうのは
どうでしょうね・・(^^;)
「全国統一してください!!」
と思ってしまいますが。。。
そういう部分もあって、宮城の警察は、こういう事情があるなら
積極的に取り締まりはしないと思いますが、、
市民を惑わすルールですね(^^;)


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八木山南といえば、「八木山中央南地区」。
仙台市八木山中央南土地区画整理組合のもと、
ひより台大橋の横にあった「お山」が様変わりしまたね。


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土地利用計画図


土地区画整理組合というのは、
事業施行区域の土地所有者及び借地権者の7人以上が、
共同で事業を行うために設立する組合のことで、公法人になります。

宅地、商業用地等が計画にありますね。
こういうエリアが出来ると、道路計画にある「郡山折立線」の着工も
早まったりするのかもしれませんね。



posted by 八木山取材班 at 19:46| 宮城 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 八木山放送局NET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年01月01日

八木山南エリアの変貌 2024

久しぶりの投稿です。 ご無沙汰しておりました。
2018年からストップしておりましたが、
無理のない程度に「テレビの特番」のような感覚で
投稿していけたらと思います。

2024年・正月に能登半島の地震が発生しました。
平穏なお正月ではなくなってしまった感があります。

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さて去年になりますが、
2023年の八木山エリアのニュースで大きかったのは、
「日赤病院の移転」でしょうか。

1982年4月に、現在の福祉プラザの地から
八木山へ移転した仙台赤十字病院。
その移転の最大の理由は「建物の老朽化」です。
当時候補に挙がった移転先として、
旧・仙台市立病院である現在の東北学院大の場所。
もう一つが現在の八木山の場所でした。

現在とかぶるところもありますが、
当時、八木山の用地を確保したのが宮城県です。
この当時も、用地を確保するのに動いていたのは、
宮城県だったわけです。

その後、仙台市側で緑地保護の観点で承認が出ませんでした。

「緑地保護」を特に重視していたそうで、
1978年に仙台市議会等が、
現在の建設地に視察で訪れるなどしました。
この時も、県と市、いろいろとあったわけです。

仙台市の市有地、「金剛沢市有林」、恐竜山の八木山南側を、
仙台市は当時の金額で61209平方メートルの面積を
3億3千万で売却、財産処分の提案を出しました。
1982年4月、
現在の場所に「仙台市赤十字病院」が診療開始した経緯です。

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このサイトを始めた当時、
仙台赤十字病院を取材させて頂いたのが12.3年前になります。
その当時は、病院スタッフの駐車場にもしている
道路向かい側への新病棟建設の線が、かなり強く生きていました。
ただその当時から「赤字」というものはついて回っていて、
移転費用の捻出が、かなりの負担になるとの話は伺っていました。
さらに震災の建物等の破損も
大きな負担として乗っかっていた状況です。

八木山に移転してきた当時、
八木山エリアは「人が増えまくっている地域」でしたので、
ビジネスとしても良い地域だったでしょう。

病院も「ボランティア」ではなく、会社に近いものがあります。
「つぶれたら最後」なのです。 会社でいえば倒産です。
いくら大騒ぎしても、日赤病院にお金は降ってきません。
それも考えれば、名取移転・がんセンターとの統合は、
仕方がないことでしょう。
「八木山へのがんセンター移転」という可能性も
あったのかもしれませんが、
保護区・緑化指定等の縛りの多い八木山では、
仙台市を相手にするには面倒な理由もあったかもしれません。

そのかわりに、令和10年の名取移転・開院を目指すのであれば、
その期間、移転反対していた方々には、
「仙台赤十字病院の跡地に、新たな病院の誘致」のほうが、
いろいろと好転する可能性が大きい気もします。
病院の跡地は、公園や学校等になることも多く、
住宅地や商業用地になりにくい部分もありますね。

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posted by 八木山取材班 at 19:10| 宮城 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 八木山放送局NET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする