2009年04月13日

太白区・長町界隈

☆☆☆



平成18年9月18日、太白区・JR長町駅が、新しい長町駅に

生まれ変わった日。

2001年から2007年度にかけて、「長町駅高架事業」として、

名取川と広瀬川に挟まれた東北本線約2.5kmの区間を高架化し、

新しい長町駅は、高架駅になった。

IMG_2873.JPG
(撮影・株式会社東北記録映画社)

写真のように、この場所に存在した旧長町駅は、道路になった。

この先には、仙台市と都市再生機構による駅隣接の市街地

「あすと長町」の区画整理事業が行われている。

長町駅の高架化もこの事業に含まれており、これらが「長町副都心」

と呼ばれている。




長町駅は昔、東北本線と並行に広大な長町操車場という貨車操車場

で、1960年には北日本最大の駅だった。

長町駅は、日清戦争の軍用駅として急造されたと言われている。

1986年に貨物駅としての役割を終え、現在は「宮城野駅」が

その役割を担っている。

「あすと長町」はこの長町操車場の跡地に造られる事になるが、

仙台市立病院がこの場所に移転するなど、副都心としての役割を

担う場所になるはずが、現在では将来ビジョンが見えにくい現状に

なっている。


長町界隈と言えば、昭和51年に廃線になった「仙台市電」も

通っていた地域。 

この長町界隈を盛り上げていた地域は「長町商店街」

IMG_2881.JPG
(撮影・株式会社東北記録映画社)

大正14年の「秋保電鉄」、昭和11年「仙台市電・長町線開通」

と、交通網の整備が進んで発展し続けてきた。

道路両岸に商店が軒を並べ、老舗店舗も近代的な経営に乗り出して

きている。


しかし商店街へのダメージが急速に表れてきたのが、

1997年にオープンした、長町駅から西へ数百メートル行った

ところに建設された「ザ・モール仙台長町」の進出。

若者を中心に、モールに客足を奪われている現状があるのだ。



さらに、「あすと長町」の商業施設区域の誕生と、長町商店街には

逆風が吹く状態が続く。


しかし、昔ながらの面影が、現状でも残る貴重な場所である。


逆風が吹いているこういう現状の場所は、全国的に見てもかなりの数

が存在しており、姿を消している場所も少なくない。


よく耳にするのが、「周りに文句ばかり言って、動こうとしない」

「誰かがやってくれる人任せ」という実情も多い。


時代は動いているので、新しいモノを取り入れるなどの工夫がないと

生き残りは難しい。 

失っては欲しくない地域である。


「長町」という地域なのだから、奪い合いなどではなく、

「まとめて活性化させる」工夫が、他地域から見ると望ましい

ように思える。 


人が来なければ地域活性化はない。

エリアに人を集める必要があるように思える。




☆☆☆

posted by 八木山取材班 at 19:59| 宮城 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 仙台市 今昔 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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