2010年06月21日

八木山エリアに 「日赤病院」あります。

★★★





昭和57年に、八木山に開院した「仙台赤十字病院」、

通称「日赤病院」。



IMG_3898-1.jpg




それまでは、現在の仙台市立病院の向かい側、

仙台福祉プラザの跡地に存在していました。



建物の老朽化という理由が大きく、移転が思案されました。



昭和50年には、日本赤十字社、宮城県、仙台市は、

八木山への移転を決定していたと聞きます。


その後、建設場所がどこにするかという議題などがありました。




八木山エリアは昭和50年、向山を含む八木山エリア全域、

さらには西多賀エリアも含めた、当時で約1万名の署名を集め、

請願した経緯があります。



当時日赤病院は、建物の老朽化などが理由で移転場所を探し、

その候補に、現在の仙台市立病院の場所も候補になりました。


この移転理由の中に、騒音・振動・排気ガスというような

こともあり、自然環境の良い場所として

八木山も候補に挙がっていました。



宮城県が八木山エリアに用地を確保しましたが、

仙台市側で緑地保護の観点で承認が出ず、

昭和53年に仙台市議会等が、現在の建設地に視察で訪れています。



現在の日赤病院は、仙台市の市有地、

金剛沢市有林だった場所です。 恐竜山の八木山南側です。



仙台市は当時の金額で61209平方メートルの面積を

3億3千万で売却、財産処分の提案を出しました。


「緑地保護」を特に重視していたそうです。



このような経緯で、日赤病院の周りは、自然一杯、

緑に囲まれた立地になっています。




当時、八木山エリアには10近くの病院がありましたが、

入院設備を持つ病院は1つだけだったそうです。



近くの総合病院は「長町エリア」だけだったそうで、

現在のように交通機関が充実していたわけではありません。



さらに、仙台駅中心部を中心に見ると、

大学病院や東北労災病院、厚生病院など数多い

総合病院がありましたが、

仙台市中心部から北側、東側に集まっている特性がありました。


現在も、そんなに変わらない現実もありますね。



八木山エリアの開業医の先生方と、

日赤病院との「地域医療」の充実強化。



西多賀エリアも協力して頂いて集めた、「八木山地域署名」。


昭和50年などは、ほぼ「日赤病院」中心で八木山エリアが

活動されていた跡がわかります。




これが、昭和50年代から目指してきた、

「八木山エリアの地域医療」です。





★★★






posted by 八木山取材班 at 22:34| 宮城 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 八木山の 病院 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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