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八木山エリアには、何カ所かに「神社」があります。
ただ「寺」はありません。
少なくとも、このサイトでの「八木山エリア」としている範囲に
なりますけど、限りなく近い場所には存在しています。
「神社」と「寺」の違いは、「寺は仏教、神社は神道の施設」という
違いです。
宗教上の違いとも言えますが、
「神様が奉ってある」のが神社、「仏様が奉ってある」のがお寺
とも言えるのでしょう。
向山4丁目にあるお寺があります。
ここにお墓がある方もいるのではないでしょうか。
「 曹洞宗 虚空蔵山 大満寺 」 です。
↑ ホームページに飛びます。
「虚空蔵山 大満寺」
〒982-0841 宮城県仙台市太白区向山4丁目4-1
TEL022-266-6096 FAX022-262-2308
「大満寺」様より、リンク承諾を頂きました。
右のカテゴリーに追加致します。 ありがとうございました。
大満寺は、奥州藤原氏が創建したと伝えられています。
200段近くある階段を登りきると、本堂があります。
丑虎生まれの守本尊です。
昔、大満寺は向山ではなく、青葉城趾がある場所、
青葉山にありました。
青葉城跡には、長泉寺、龍泉寺、光禅寺、玄光庵、大満寺の五ヶ寺があって、
大満寺の虚空蔵堂が主塔であったそうです。
青葉城を『虚空蔵城』と号していたそうです。
国分能登守(こくぶのとのかみ)の居城となった時、
それを「千躰城」と改め、
国分氏には天正5年(1577)、伊達政宗の叔父である盛重が入嗣しています。
現在の「仙台市」の名称の由来でもある「千躰城」です。
『伊達治家記録』でも、『城辺に千躰仏を社るが故に千躰城と号す』と
記されています。
千躰仏とは現在、大満寺・虚空蔵堂に安置されていたものを指していて、
仙台市地名ゆかりの源です。
千躰堂は、大満寺本堂の左側にあります。
伊達政宗の時代になって、千躰城は「千代城」と名付けられ、
さらに『千代』の名は『仙臺』と名付けられ、
現在の字で、「仙台」となっています。
政宗の時代に「大満寺」は、今の経ヶ峰、伊達政宗の墓がある「瑞鳳殿」がある
場所に「引っ越し」しました。
ビシッとした仙台城が建造されましたので。
さらに経ヶ峰に「瑞鳳殿」が建造される事になったため、
1659年、現在の向山に移り現在に至ります。
本堂裏手は、秋の季節にはかなり綺麗な風景が広がります。
かなり綺麗でしょう? 風情もありますよね。
枯れ葉を焼いて、焼き芋をする風景が、かなりマッチします。
今年の季節、異常気象のような感じで、秋が来るか分かりませんが、
紅葉を見に行く方も多いでしょう。
ドライブで遠くに行くのも良いですけど、
歩いて大満寺さんに行くのも、紅葉狩り、できると思いますよ。
これは、昨年撮影しておいた写真ではありますが、
なぜ訪れていたかと言えば、下記の写真です。
大満寺と、隣に存在する辰年の守本尊「愛宕神社」は、
隣り合っており、裏の道で繋がっています。
どちらかに来た事がある方はご存じと思いますが、
八木山エリアから近い場所で、
「仙台市街地の絶景を見る事が出来るポイント」のひとつなんです。
あとは、やはり「青葉城趾」となりますね。
現在は完成していますが、「トラストタワー」が当時、建設中であることが
わかりますね。
秋の紅葉と、仙台市街地の全景風景。
歴史、そして情緒溢れる場所が、八木山エリア付近に多く存在しています。
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2010年09月14日
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