2011年04月28日

TBC東北放送 震災でラジオアンテナが被害

★★★





今回の大震災では、直後から様々な情報が絶たれました。


電気が使えなかったことで、最初のうちは「充電駆動」のものは

使う事は出来ましたが、

家庭でテレビは見ることが出来ず、携帯電話もつながらず、

ネットワークも遮断、固定電話も不通という状態になりました。


携帯電話に至っては、「規制をかけた」部分もありましたが、

基地局のアンテナも「電気」ですので、数時間なら耐えられる

基地局アンテナも遮断、その基地局まで繋ぐ通信インフラも

被害を受け送受信できなくなりました。


一部つながる場所については、

巨大な基地局のバックアップ電源は機能してたようです。



「電気ありき」の通信生活だったことを、

私たちは体験しました。


取材班の社用車にはテレビが搭載されていましたが、

ガソリンが停電のため入れられないという情報が入った震災の次の日、

クルマでテレビを見ることも止めました。


震災から3日以上、キー局から色々なテレビ情報が入っていたようですが、

被災地はテレビを見ることが出来なかった訳です。



そこでやはり活躍したのが「電池で聴けるラジオ」でした。


電池がなくても、グルグル回して発電するラジオも

活躍してくれました。



八木山エリアにある、

「TBC東北放送 1260」 です。


しかしこの東北放送さんも、震災では大ピンチになりました。


ラジオのアンテナは、「仙台市若林区荒井」にあり、

地震と津波で、送信アンテナが使えなくなったのです。


そして、八木山エリアの予備アンテナに一時的に切り替え

送信を行います。

備蓄燃料による自家発電を使用していたそうです。



しかし八木山のアンテナは「あくまで予備」で、出力が弱いんです。


当然、エリアでも聴こえにくい/受信しない場所も続出、

急遽、東北放送さんではインターネットのユーストリームも使って

ラジオの情報を流し続けました。


NHKさんは、全国放送の合間に地元の情報を流していたため、

仙台などの詳しい情報はTBCラジオとFM仙台(DATE-FM)に

私たちは頼った形になりました。


東北放送さんも、地元の情報を震災直後は24時間流し続けました。


電気が通電した後、16日からは「エフエムたいはく」さんでも、

災害特別放送を開始。



しかし東北放送さんではアンテナ以外でも苦難が発生します。


八木山の予備アンテナ送信に使う

「重油」が底をついてきてしまったのです。


社内に緊張が走ったのは、

震災発生から2日後の13日だったそうです。


急いで「系列キー局、東京のTBS」に援助を要請します。

TBSは東北放送が備蓄する重油の提供を決め、

総務省ではタンクローリーの被災地向け通行許可を得るため、

警察庁とかけ合ったそうです。


13日から15日にかけ、放送が時々聞こえなかった時があった

と思いますが、重油が到着し、復旧したのが15日の午後です。




取材班は震災後、

仕事でクルマに乗り込む時は、

ほぼ100%東北放送さんのラジオを付けています。


やはり、何の情報もなく走り続けていると「怖い」んですね。

被災地に入ることも多いのでなおさらです。


カーステレオで音楽をかける事さえ、無くなってしまっています。



電器店では「携帯ラジオ」が飛ぶように売れ、

現在でも売り切れている店が大半です。

しかたがないですが、1万円ほどのプライスで定価で売っています。

値引きははナシです。 値上げしないだけいいですが。



公共交通機関を使う機会がないので、

あまり「携帯ラジオ」の必要性は無いですが、

使うのであれば取材班も買うと思います。




東北放送さん、必死になって情報を出し続けて頂いた努力には

敬意を表したいですね。



どれだけ私たちの電気がなかった時期には心強く、

安心感を与えてくれたか。



テレビ局など全体で言えますが、

本来、このような災害の取材は「報道部」が動くのですが、

震災前の不景気も重なって「人員不足」がありました。


そのため、報道経験のある他の部署の社員、

全国の系列局の応援、局のOBまでが加わって総力取材になっている

と伺っています。


宮城・福島・岩手は、約1年の延長期間になりましたが、

「地上デジタル放送」の設備投資の関係で「経費節減」になっていて、

それで人手が少なくなってきている事が、

さらに悪循環をもたらす形になってしまいました。



IMG_3139.jpg
 
<震災前のライトアップされる TBC東北放送テレビ塔>



東北放送テレビ塔だけではないですが、

仙台市のシンボルである「テレビ塔ライトアップ」も、

節電の影響で点灯していない状態が続いています。



八木山から見える夜景も、

海岸線はもちろんのこと、「光は少ない」状態です。



「今までムダな光が多かった」とは思いますが、

「光は復興のシンボル」とも言います。



原発関連の収束が最優先ではありますが、

開催は微妙ではと思う「光のページェント」の光より、

東北放送さんを含めた「テレビ塔のライトアップ 再開」の方が、

様々な面で嬉しい気がするのは、

取材班だけでしょうか。





★★★



posted by 八木山取材班 at 03:23| 宮城 🌁| Comment(4) | TrackBack(0) | 八木山放送局NET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
子供ころ親戚の家から見た鉄塔の明かりが好きで、今八木山に住んでいます。闇夜に浮かぶ光にいつも癒されました。また明かりが灯る日がくるのを私も心待ちにしてます。
Posted by むったん at 2011年04月29日 00:33
コメントありがとうございます。


鉄塔の灯り、本当に綺麗ですよね。

テレビ塔の前を通ると、毎回上を見て眺めてしまいます。


震災後、仙台のシンボルタワーであるライトアップが
すべて消灯していますが、
時々「点灯する」という日があっても良いかも知れませんね♪


Posted by 八木山取材班 at 2011年04月29日 05:16
隣りの福島県ではrfcラジオ福島も頑張って災害放送を不眠不休で放送を続けていました。

3.11の震災当日は私は福島県白河市にいました。
白河市でも広範囲で停電して当然のごとく通信網は断絶してしまいました。
しかも、地元の白河中継局ではテレビもFMラジオも停波してしまい、唯一の情報源はAMラジオでした。
NHKはやはり東京からの全国向け報道なので地元の民放ラジオからの情報は貴重でした。

経営難で苦しむ地方ローカル局が多いとよく聞きますが、地元の情報発信基地として頑張って欲しいです。
Posted by at 2013年06月20日 01:40
コメントありがとうございます。

福島県の貴重な情報、ありがとうございます。
地域ラジオも至る所で開局していますので、
再び震災が起きた時心強いですね。

大切ですね、ラジオというものは。
Posted by 八木山取材班 at 2013年06月26日 18:00
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