2011年07月14日

八木山エリアより 日本フィギアスケート 発祥の地  超・貴重写真

★★★




観覧者の皆さま、

「八木山エリア付近 昔の写真探しています」

のコーナーがやって参りました。


そろそろ「お馴染み」になってきましたか?



「八木山放送局Net」「八木山市民センター」では、

「昔の八木山エリア付近の古い写真」を探しています。



どうか実家の押し入れをオープンして頂き、

古いアルバムの中などから、

写真を探して頂けないでしょうか?

宜しくお願い致します。



今日ご紹介するのは、

観覧者の方からご提供して頂いた超・貴重写真です。



先日の「青葉城址ルート」の流れで紹介することにしました。

この場所を、どのタイミングで紹介すればよいか、

模索しておりました。


明後日からの「東北六魂祭」もありますので、

ここか! と思い、ご紹介致します。







八木山エリアと少し離れていますが、

「仙台城 隅櫓前」。


私たちは「青葉城」と呼ぶことが多いでしょうか。


かつて大手門があった場所の少し下側に、

「五色沼」という沼があります。


仙台市博物館の入り口ですね。


IMG_7415.jpg

<現在の五色沼>



五色沼という名称は、おそらく全国に点在していると思います。


仙台市にある五色沼は、

かつて仙台城が存在していた時代の「お堀」の一部に

なっていた場所です。


仙台市博物館がある場所は、

伊達政宗時代、庭園や茶室がある屋敷が存在していました。


時は流れ明治23年・1890年頃から、

「外国人が五色沼でスケートを始めた」とされていて、

後にスケート指導を受けた学生が、

「日本で初めてフィギアスケートをした場所」とされているのが

この「五色沼」です。


「日本フィギアスケート・発祥の地」と言われるのが、

この場所ということです。



ただ、この場所でスケートが行われていた写真記録は、

そんなに多く出回っていません。


そして、この場所でスケートが行われていた「証拠写真」と

言える貴重写真が、こちらです。



五色沼19640301.jpg

<観覧者・提供写真 1964年3月1日>



1964年・昭和39年の、

「五色沼・スケートを楽しむ仙台市民」の写真です。


今から約47年前になりますね。


当時、ビシッと氷が割れてしまうということも

普通にあったようですが、すごいですね。



IMG_7416.jpg

<現在の五色沼>




普通にここを訪れた方々は、

サラーッと「仙台市博物館」目的で、

あまり記憶に残っていない方も多いと思いますが、

凄い場所なんですよ、実は。


「ここでスケート、怖くない??」

と思う方、多いでしょう。

取材班もそう思いますが、結構頑丈に「氷が出来ていた」

そうですよ、当時は。


貴重のひとつに「撮影日・3月1日」と日付が残っています。

3月1日にここまで氷が張っている所を見ると、

「当時の方が、寒かった」ような想像さえ出来ますね。


かなりの雪景色になっています。

やはり今は温暖化なんでしょうか。


今では「氷が割れると危ない」が先行してしまいがちですが、

色々とこの写真から学び取れる事も多いのではと思います。



IMG_7417.jpg

IMG_7418.jpg




すぐ上の方に行きますと、

先日も掲載した「青葉城址入り口・隅櫓」があります。


東北大学の生徒さんが、

汗を流しながら自転車を漕ぐ姿が多く見られます。


現在は車両通行止めになっていることから、

クルマの交通量が少なく、

見方を変えれば「今までと違った風景」を見ることが出来ます。


風景写真も、とても撮影しやすいですね。


通行止めは、日常生活においては不便としか言いようないですが、

プラスに置き換えてみれば、

「情緒が増している」感じがします。


「自然豊か」な場所ではありますが、

クルマなどが多く通る「大動脈」の路線でもあるため、

「自然を満喫する気分」になりにくい現実は、

少なからずありました。


そういった意味では、この場所に立ってみた時、

「結構、気分は良いな」と思ったのも事実でした。


もともとあるべき姿に、戻ったような、そんな感じを受けます。


隅櫓前の石垣も、崩落はしていませんが

「危険性」があるようでブルーシートがかかっています。


写真を撮ろうとした時に、ここだけが少し残念です。


「15日・14時」から徒歩で通過出来るようになる

「青葉城址ルート」ですが、

せっかくですので「隅櫓前のブルーシート部分」だけ

先行して直して頂いた方が良い気がします。


どうしても写真を撮ると映り込んでしまうんですね(^_^;)



IMG_7433.jpg





八木山エリアは、こういった場所も近い住宅地ですが、

その有難みというのでしょうか、貴重な場所の近くに住んでいる

「充実感」のようなものも、今回の「徒歩のみ・開通」で、

改めて実感・体感して頂ければと思います。



反面、史跡の場所がダメージを受けると「復興が遅れる」という

予想外の事も、勉強させられてしまいましたが・・・。


この青葉城址ルートとは、別のルートの建設を、

急いで頂いた方が良いのかも知れませんね。





★★★

posted by 八木山取材班 at 15:02| 宮城 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 太白区八木山界隈 今昔 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
二十歳まで大町2丁目(旧肴町)に住まいし
写真当時10歳 父親に連れられて遊んだのを
憶えています 記憶に違いなければ 赤門自動車学校が管理運営を
していたと思います <恵和町在住>
Posted by きりきりまい at 2011年07月15日 23:19
コメントありがとうございます。

赤門さんが管理していたんですか!?
ということは、多少のお金もかかっていたのでしょうか・・
てっきり「近所の公園感覚」で遊んで良いタイプの
ものかと(^_^;)

こういう情報補頂くと大変嬉しいです。

追廻住宅界隈など、今後は色々と変わる風景になるエリア
のようなので、現状の記録はしっかり撮影しておきたいと
思います。
Posted by 八木山取材班 at 2011年07月16日 00:44
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