2011年10月18日

八木山小学校40周年記念式典 ★無事終了★

★★★





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<平成23年10月15日>




先日の平成23年10月15日に行われた

「八木山小学校40周年記念式典」


午前中に「式典」、午後に「祭り」、夜に「祝賀会」と

盛大なものになりました。


取材班は、端の方で式典から参加していました。

児童が歌う八木山小学校の校歌、久し振りに聴きましたね。



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当サイトが制作・40周年を記念した「八木山小学校物語」

という15分くらいの映像も、この式典で流れました。


音楽もナレーションも付けたストーリーにしましたが、

子供たちも見ると伺っていたので、対象年齢を下げたストーリーに

しなくてはならなかった事で、結構苦戦しました(^_^;)


式典等に参加、ご覧になった方には「へ〜!」という

感じになるかも知れませんが、

裏話を少し書きますと、結構「カット」されているんです。


当初、ラップタイムを10分くらいとされていたので、

写真素材を集め並べ、ナレーション原稿を書き、

ざっくりと作ったものは「20分越え」という状態になりました。


さらに小学校の児童が見ることから、

八木山球場などを紹介した時、「ベーブルース」などをカットしました。

良い写真もあったんですが、子供には全く分からないだろう・・と。


実際に流した当日、子供たちから歓声が上がったのが

昭和46年に開校してから徐々に増えていった「遊具」の写真です。

「丸太の木」「インディアン砦」などです。


その写真の時に「いいなぁ〜」という声が、低学年付近から続々と。

今は遊具が少ないですので、こういう歓声が上がったのでしょう。


「吊り輪」や「うんてい」、

名前は分かりませんがジャンプして手が届くかを遊ぶ遊具など、

開校から30年くらいまでは沢山あったんですね。

バレーボールコートや、理由は不明ですが「相撲の土俵」まで

下校庭にありました。


とまぁ、こういう写真も山ほどあったんですが、

泣く泣くカットしたんです。

「大人用」に作ると、ビッシビシと使ったんですけど(^_^;)



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式典では、八木山中学校吹奏楽部の演奏も披露されました。

特に低学年は盛り上がるんですねぇ。

「マル・マル・モリ・モリ!」や、アンコールでのAKB48、

「ヘビーローテーション」などは、低学年は盛り上がっていました。

中・高学年になると恥ずかしいのでしょうか、控えめでしたね(^_^;) 

リズムには乗っているんですけど、

アクションが小さかったのが印象的でした。



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午後になると、「おやじの会」などがビシッと活躍。

射的、綿アメ、ピンボールなどの遊びで子供たちを

喜ばせていましたね。


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下記の写真、体育館の中でも、引換券で食事や飲み物などで

この混雑ぶりと。


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この体育館、学校の校舎は1度建て替えられ「2代目」と

なっているんですが、

開校から2年後の「昭和48年に建設された体育館」は、

当初からずっとこのままなんです。


「今年で38歳の体育館」なんですね♪

ちなみにプールは昭和47年でしたので「39歳」です。


震災ではガラスが割れたり、すこし歪んだりと、

ダメージが出たために「避難所」に使われることがなかった

体育館ですが、当時の思い出が残る貴重な建造物として、

今でもしっかり残っているんですよ♪



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この40周年記念では、PTAはもちろんのこと、

おやじの会や父兄、八木小応援隊など、

「影で協力していた方々」が沢山います。


学校の教職員だけでは、ここまでのことは出来ないわけです。


「つなげよう 八木山のキズナ 〜未来に向かって〜」


という、八木山小の児童が考えたキャッチコピーが掲げられて

いましたが、このキズナがあっての「地域」なんですよね。



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震災の時にも、世代を超えたボランティアが

大活躍していた八木山小学校区。

八木小の卒業生、地域の大学生も協力してくれました。

高齢化世帯へのローラー作戦も行われていました。


地域は人で生きていますので、

温かい八木山地域は、現在でもしっかり残っています。



今年は震災があったので、運動会や祭りに制限が出てしまい、

子供たちが思い切り楽しめる場というものが

少なくなっていた実情がある中で、

久し振りの「祭り」気分が味わえたのではないでしょうか。



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夜に行われた祝賀会。 

「八木山放送局」として取材班も招待して頂きましたが、

取材班は一番の若輩者だった気がします(^_^;)

あたりを見ると、すべて人生の先輩・大先輩と。


各小学校の校長先生もいらっしゃいましたので、

当サイトでお世話になっており、ビダッとご挨拶回りですm(_ _)m

総勢80人以上いらっしゃいまして、

とても全員は回れず、名刺もカラに・・。


見方を変えて、これでも最少人数ですが、

八木山小学校区だけで、この人数で支えている地域な訳です。


方向性が1つになれば、無敵だろうな・・と

しみじみ感じてしまった1日でした。



「次は50周年で!」


という合い言葉のようなセリフを、あちこちで耳にしましたが、

八木山小学校区は、開校当時の子供が親になり、

その子供が入学、そして卒業するという

「八木山小ジュニア世代」になっています。


今の時代、「あって当たり前」ではないですので、

地域衰退すれば学校自体「廃校」というパターンもあり得る時代です。


50周年を目指して、八木山小学校は進んで頂きたいですね。


八木山小学校が発展するためには、

「八木山全体の発展」が不可欠ですので、

学校を元気にしたければ、地域を元気にする必要があるんです。


それは同時に、八木山南・芦口・金剛沢・向山の小学校も

元気に活性していくということにもなります。


頑張りましょう、八木山地域!






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posted by 八木山取材班 at 02:10| 宮城 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 八木山放送局NET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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