2012年02月20日

東日本大震災の爪痕から 石巻地区編

★★★




東日本大震災から、間もなく1年が経つ。

ニュース報道などでも、多く取り上げられるようになってきた。


今回は、八木山エリアの話から逸れるが、

「震災から1年」の記事を特集する。




1年が近づくにあたり、

今年の3月11日には様々な事が被災地で行われる。


「八木山ベニーランド」では、

気仙沼を中心に支援活動を展開されてきた社団法人「エコ食品健究会」さんの、

震災復興チャリティイベント「炊き出しグランプリ」が行われる。

当日は入園無料。

日時・会場:3月11日(日)10時〜16時、ベニーランド入場口前


・沖縄料理結まーる(沖縄そば)
・甲信食糧(ほうとう)
・重光産業(熊本豚骨ラーメン)
・みたけ食品工業(米粉すいとん、米粉クリームシチュー)
・壱番屋(カレーライス)
・喜代屋(まぐろつけ丼)
・湖池屋(じゃがいも丼)
・武蔵村山市(むらやまうどん)
・帝人グループ:株式会社インフォコム(薬膳麻婆豆腐丼)
(10団体が出店予定)


「被災地支援即売会」

気仙沼・石巻・陸前高田・二本松等の加工食品や野菜を、

ボランティアスタッフにより販売。

「応援メッセージコーナー」

気仙沼を中心とした被災地の飲食店の皆様へ、

気仙沼等から集まった無地の布に応援メッセージを書くブース



当日、予定のない方はぜひ足を運んで頂きたい。



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−宮城県・気仙沼市−



震災から間もなく1年が経とうとしている今、

風化という現実も、仙台市内でも現実化してきている。

その基準は、私たちの「会話の中」にもある気がする。


「普段と同じ生活の中で」


時間をかけて色々なことを忘れていく・薄れさせていくという

人間の特徴は、「良くも悪くも」こういう時に出てくるもの。


あの日、大きな被害を出した要因の1つ「大津波」。

沿岸部では、現在でも爪痕は大きく残る。


しかしながら、ボランティアの方々が全国から来て頂いた事で、

予想以上のスピードで「片づけ」などが出来た現実がある。

この事は、本当に感謝しなければならない。



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−石巻市・沿岸部−



津波被害を受けた地域に、

これまで1度も足を踏み入れた事がない方も多いのではないだろうか。


無理に行く必要はないが、

津波被害を受けた地域は「復興」を胸に、前進している。


今や、被災地に行って「お金を落とす」事も、

募金と同じように被災地への支援になる。


こういう考えも、頭の片隅に感じて頂きたい部分の1つだ。



P1000638.jpg

−石巻市・沿岸部−



この石巻市の写真は、渡波地区と言われる地域。

取材班の出身地でもある。


この場所は「建築制限」がかけられており、

役所の方では、将来「二線堤」を構築する未来図を構築したようだ。

「二線堤」は、洪水などが起きやすい河川に造られることが多いが、

洪水で河川が氾濫した場合、氾濫水による被害を最小限に止めるための

「第二の堤防」の事をいい、救援や復旧活動等のための通路にもなる。

河川の場合は、従来の堤防と並んだ「2段構えの堤防」として

造られるため、上から見ると「2つの線」に見えることから、

この名が付けられている。

1本目の本堤防を乗り越えた場合、

2本目の堤防の間に水を溜めて勢いを弱め、2本目の「堤防・2線堤」で

氾濫の危険性を弱めるといった効力がある。


このエリアは、緑地を含めた2線堤計画が出たために、

現在は建築制限が効いている。


取材班も含めだが、このエリアに住んでいた方は「思い出」が存在する。


個人それぞれ、おそらく考え方は違う。

「住み続けたい人」「移りたい人」

この大きく2つに分かれいるはずである。


現在、この地域には電気がほとんど来ていない。

当然の事ながら、家屋が全壊し「生活を失った地域」だからだ。

一部の信号機は点いている。


現在でも、すでに様々な地域で問題・協議が起きているが、

今後は「訴訟」などの問題も出てくる気がする。

出来れば、傷ついている被災地の方々への優先的な対応をして頂きたい。




バブル期の80年代、

「政令指定都市」を目指して、仙台市が「合併へ強攻策」を取った

「旧・宮城町」の一件が思い出される。


当時の政令都市化の要件の関係上、

仙台市の人口は80万人には満たなかったため、

このままでは単独での政令指定都市化は難しいと判断され、

当時の仙台市は、隣接の宮城町、名取市、泉市との合併を模索していた。


旧仙台市の基準では、

市民税などの地方税や水道使用料金などが高かったため、

多く課せられると知った旧住民が猛反発を起こした騒動。


合併に対し、公共事業をバーターにした当時の石井前仙台市長は、

のちにゼネコン汚職事件で逮捕された。


そして騒動の1つである「旧・宮城町」は、

現在の愛子、折立、作並、白沢、熊ヶ根、定義、大倉、南吉成、

落合、新川、奥新川、葛岡、栗生などが集まっていた、

当時の宮城県内63町村の中で「第2位」の財力を持っていた町。


当時の「石井仙台市長」が宮城町へ合併の話を「急に申し入れた」ことで、

合併推進派と反対派の激しい対立が起きた。


最後まで、住んでいる町民が置き去りで決定されて行った。


「町民の合意を得られなければ、合併しない」

「合併協議会への参加は、合併を前提としたものではなく、

 町民によって不利益であれば、いつでも合併協議会から離脱する」

「合併問題が本格化しても、必ず町民アンケートを取り、

 住民投票等の方法を取る」


等が公約にあったが、

「合併を前提としたものではない」というものがあったのにもかかわらず、

のちに、「すべてが合併を当然の前提とする手順」に過ぎなかったという。


政治のいやらしさと、権力の横暴を目の当たりにする町民が多かったそうだ。


結果的に仙台市は「強攻策」に出て合併に漕ぎ着いた。

当時は、かなり問題視された「事件」であった。

町民や隣接する市民の当時の反対派は、かなり苦しい思いをしたという。



歴史は繰り返されると言うが、

そういう場所が往来しないことを祈るばかりだ。



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−石巻市・沿岸部−



以前も記載した事があるが、

色々な思い出をつくる「海」というスポットが敬遠されている。


この場所の風景も、いずれ無くなると感じ撮影したもの。



こういう津波被害を受けた場所に立つと、

「被災した場所」と「被災していない場所」を比べ、

雲泥の差であることが分かる。

仙台市街地に戻っただけで、天国と地獄の差がハッキリする。



今、普通の生活をしている方には、

それがどれだけ幸せなことなのか、改めて感じて頂きたい。


津波被災地に赴くと、特にそう思うはずだ。





★★★



posted by 八木山取材班 at 21:38| 宮城 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 八木山放送局NET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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