2012年02月28日

八木山野球場・遊園地案内図

★★★





むかしむかし、今の「八木山動物公園」の跡地に存在した

「八木山野球場」。


昭和4年に完成した、東京の神宮球場と同じ大きさの野球場でした。


その八木山野球場の回りには、

世界一周トロッコ、ブランコ、滑り台があった「第1遊園地」

テニスコート、陸上トラック、滑り台があった「第2遊園地」が

存在していました。


「第1遊園地」は、現在の八木山市民センターの向かい側。

「第2遊園地」が、八木山市民センターの裏側にありました。

他「松ヶ丘遊園地」「桜ヶ丘遊園地」「児童遊園地」など、

遊園地に囲まれていた八木山野球場。


その頃の航空写真が、下記。


八木山地域 戦前航空写真.jpg




この写真では、あまりパッとしないかも知れません。


そこで「現存資料」の中で「素晴らしい資料」が残っています。

当時の「八木山野球場並遊園地案内図」という手書きのマップ資料。



八木山野球場案内図.jpg

「八木山野球場並遊園地案内図」



現在の道路などとは、もちろんレイアウトが違います。


「花畑」等も存在した、自然豊かな場所です。越路神社もあります。


そして「芦の口沢」「西二ッ沢」「東二ッ沢」という、

3つの沢が存在していました。


現在の恐竜山の道路はレイアウトが少し違いますが、

昔から存在していた道路です。 

その道路を見ると、

「至・秋保街道」「至・多賀神社」と記載されています。

西多賀方面に向かう案内目印は、

道路では「秋保街道」、有名なのは「多賀神社」だったことが

分かります。



八木山野球場案内図2.jpg




そして「天守台方面」の部分を見ると、

天守台・青葉城址ルートが分かります。

現在と道路レイアウトが違うことが分かるでしょうか。


徒歩では「天守台を突っ切って」仙台市街地方面へというものは、

現在と同じようですね。


さらに現在でも、八木山エリア住民では有名な、

「東北放送の脇道から竜ノ口渓谷に抜ける道」。


これは当時から、仙台市街地方面へ向かうための

追廻住宅・国際センターへ抜けるショートカット道です。


マップに乗る「王道ルート」だったことが分かります。


向山方面では「長徳寺」や「東洋館」が地図に載るほどの

場所だった事が分かります。


地図では切れていますが、現在の「愛宕大橋」の方面では、

現在の「愛宕大橋」を含む国道4号線は存在しておらず、

旧ミルキーウェイの交差点も無く、

直接真っ直ぐ向かい「愛宕橋」に向かうというルートになっています。



資料というものは、やはり重要ですね。

仙台空襲があった中でも、こういう貴重な資料が残っている事は、

大変素晴らしいことだと思います。





★★★



posted by 八木山取材班 at 21:56| 宮城 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 八木山放送局NET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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