2012年03月26日

昔々の「エンドーチェーン」

★★★




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−セブンイレブン 八木山南店前−



昨日の夕方に、雪と強風の最大コラボがありましたね。

暴風雪注意報まで出ましたが、出た頃には止むという、

短時間の異常気象がありました。

そういう時に限って、外にいた取材班です(^_^;)


夜には、気持ち悪い感じの地震もありました。

なんだなんだ? と、久しぶりの強めの地震だったでしょうか。



さて今日は、八木山情報をお休みしまして、

昭和の時代に仙台に夢を与えていた「エンドーチェーン」の記事を。



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この写真を見ると「昔の風景とは違う」と、そう思う方も多いでしょう。


昨年の東日本大震災で、大打撃を受けていた

「エンドーチェーン・イービーンズ」。


大通り沿い側の、4階より上の建物を解体、

建物全体の耐震補強を行い「部分営業」を開始したのが

震災から半年以上経過した平成23年11月18日。


旧館と言われる解体した部分の4階は空中庭園とし、

新館と言われる解体されなかった裏側部分の建物には、

ジュンク堂書店、丸善、紀伊國屋書店など、

「書店を中心」とした状態でリニューアルされていました。


そして先日3月24日。

大部分で営業されていなかった1階2階のテナントに店が入るなどし、

全館グランドオープンしました。


「杜のサテスタ広場」という、

懐かしの「サテライトスタジオ」のような広場も復活しています。




現在の「イービーンズ」、昔からの宮城県出身ならば

「エンドーチェーン」の名前の方が馴染みがあるでしょうか。

現在の場所に、昭和39年1964年3月20日にオープンしました。


創業者は「遠藤養吉」氏。 宮城県黒川郡出身の立派な「地元企業」です。

ちなみに現在の「イービーンズ」の名称は、

創業者の遠藤氏から、『遠藤チェーン』の「エンドーチェーン」。

『エンドウ豆』から、『E(エンドウ) - Beans(豆)』という流れで

「イービーンズ」という名前の由来を持っています。


当時は、八木山エリア付近・西多賀エリアの大型家具店「ニトリ」の立地に、

エンドーチェーンがあった事が記憶にある方も多いでしょう。


地元企業の「エンドーチェーン」は、昭和時代に全盛期を迎えていますが、

他県資本の大手チェーンの攻勢、

郊外のヨークベニマルなどの駐車場を備えた店舗に対し、

仙台駅前立地で無料駐車場が無いエンドーチェーンは対抗出来ず、

年々衰退していきます。


そこで1991年に現在の「ザ・モール仙台長町」などを展開する

「西友」と業務提携。

「エンドーチェーン」から「SEIYO(セイヨー)」と名称が変わります。


「西友」といえば西武/セゾングループです。 

当時は現在のロフト店舗に「アムス西武」もありました。


エンドーチェーンが「SEIYO」となってから、

プロ野球「西武ライオンズ」が優勝すると「ラララ・ライオーン♪♪」と

店内に流れていたのは、西武グループと業務提携をしたためです。


当時では「2年の夢」で撤退した大型電気量販店「さくらや」も

入店していた時期もありました。

今や撤退した仙台駅東口「ラオックス」の出店で大ダメージを受けた形です。


「SEIYO」になってからは、仙台市民・宮城県で親しまれた

エンドーチェーンのロゴマークは次々に消えていきましたが、

「SEIYO」になってからも事業が回復せず、

結局1997年7月31日、「西友」が手を引く形になり、営業終了してしまいます。


そして現在の「イービーンズ」がオープンし、現在に至ります。


イービーンズになってからも、

「西友」がエンドーチェーンの自社株16%を保有していましたが、

5年ほど前に全てを買い戻し、西友との関係は完全に解消されています。



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取材班は、「エンドーチェーン」のストライクど真ん中の世代です。


当時の仙台市中心部のデパートは、子供たちの「夢の国」であり、

特にエンドーチェーンは勿論、「藤崎デパート」「ダックシティ丸光」などに

「屋上遊園地」が存在するなど、「良い時代」がありました。


そんな中心部で、群を抜いていたのは「エンドーチェーン」でした。


昭和から活躍し続けている「八木山ベニーランド」も勿論ですが、

キャラクターショー等も多く開催され、

あの石原裕次郎や石原プロの西武警察、民放テレビ放送、ラジオでも

番組が提供されていました。




 




昔を振り返れば「良い時代だな」と思ってしまいますね。

当時のサテライトスタジオやCMは懐かしい・・。



現在では、『仙台駅前エンドーチェーン・イービーンズ』と、

エンドーチェーンの名前も完全復活し、

取材班としても懐かしい雰囲気が戻って嬉しく思います。


今は『イービーンズ/イービン』等の呼び名が「通り名」と思いますが、

現在では「エンドーチェーン」と呼んでも正解です。



昔と違い、今はモノが多く飽和状態。

気を惹くモノが沢山あるので、昔と同じような方法ではダメだと思いますが、

「良いものは残す」という事は、取材班は大賛成です。


かつての催事・イベント等を活発に行なっていますので、

この勢い、続いて欲しいですね。


イービーンズが全館オープンした24日、取材班が個人的にファンな、

キャッツアイ・シティーハンター・エンジェル・ハートの作者、

「北条司先生」来店・サイン会を開いていたようで、

ショックを受けています・・(^_^;)



このようにですね、取材班がショックを受けるくらいのイベントや

色々な催し物を含めて、

あの時代の活性していた仙台市中心部を、復活してもらいたいですね。


仙台市に住む方でも、「エンドーチェーン」が地元企業という事を

知らない方も多くいるようで、

途中に「SEIYO」が挟まっていた事も大きいと思いますが、

いつまでも前進して頂きたいです。



若い方、他県から来ている方などはピンと来ない記事かも知れませんが、

八木山にある「八木山ベニーランド」も含めて、

「地元企業」が頑張る姿は、応援したいですね(^^)/





★★★



posted by 八木山取材班 at 02:50| 宮城 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 仙台市 今昔 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは。

春になると、テレビで「エンドーチェーン春一番情報♪」というCMが
流れ、春の到来にわくわくした頃のことを思い出しました。仙台に、
また平和な春が訪れる日が来ることを祈っています。

ところで、アップしていただいたエンドーチェーンのCMでひとつ
気になったのですが、学生服の青年はなぜ西新宿を走っているの
でしょう?個人的には、仙台の街を走り抜けてほしかった気がします。

また、CMの気仙沼市と岩沼市の素敵な家は、どうなったのでしょうね。幸せそうな家族の今が気になります。
Posted by うーくん at 2012年03月26日 07:33
コメントありがとうございます。

このCMのエンドーチェーンについては詳細が不明ですが、
合成で新宿の町並みが使われているのは、
恐らくですが「予算の関係上」ではないかと・・。
当時はまだ、仙台市でCMを撮影できる会社は多くない状態で、
東京から業者を呼ぶ必要があったと思います。
そのため、東京で制作していたのではと予想できます。

そういった意味では、積水ハウスのCMは画期的ですね。
Posted by 八木山取材班 at 2012年03月26日 14:26
はじめまして。

エンドーチェーンはどストライク世代です。

デモヤンスタンプラリーは燃えました。

西部警察PARTVにもちょこっと写っていますね。

俺の友達はぬいぐるみを蹴ってヨースケ君にあの声で怒られたそうです。


SEIYOになってから8階から上に行けなくなって

俺の生きがいがなくなった!と本当に落ち込んだものです。

だからイービーンズになって本当に良かったです。

Posted by つるや食堂 at 2013年06月03日 21:22
コメントありがとうございます。

取材班もストライク世代です。

様々な思い出が沢山あるので、
取材班としてもイービンが残って嬉しく思います。
Posted by 八木山取材班 at 2013年06月26日 18:11
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