2013年03月31日

向山エリア 宮城県中央児童館のあゆみ 【モデル遊具園編】

★★★


現在の仙台市青葉区広瀬町にある
「宮城県知事公館」。
昭和40年に開館している。

この場所が、
閉館することになった最初の「宮城県中央児童館」
だったことを知っている方は、どれだけいるだろうか。


戦後の昭和20年。
現在の宮城県知事公館の場所は、
「駐留軍東北司令官 官舎」だった。

この宿舎が昭和33年、
当時の東北財務局に返還されることになり、
そこからさらに、宮城県に譲渡されることになった。

国からの買収額は当時価格で1267万円。
昭和33年5月のことだそう。

そして数回に渡る宮城県首脳部の打ち合わせにより、
「児童館を設置しよう」という運びになった。

敷地面積は「4500平方メートルという狭い敷地」で、
後に向山エリアに移転するきっかけになった。

宮城県は当時予算で145万を投入し155坪の土地を改築。
昭和33年12月22日に「宮城県児童会館」が開所された。

児童会館としての開館当初、
入館児童は1日平均200名を超していたそうだ。

これが、後に向山エリアに移転されることになった
「宮城県中央児童館」の始まりである。


会館当時の「児童会館」から「中央児童館」へと改名されたのは、
昭和39年4月のこと。
この頃が、児童館としての活動が軌道に乗った時だそうだ。

さらに敷地面積が狭かったため、移転計画が出たのもこの頃。
土地探しにはかなり苦労したそう。

当時、向山エリアにあった教護院「修養学園」が旗立エリアに移転。
その跡地がそのまま空いており、4万3000平方メートルの
敷地への移転が決定。
現在の「宮城県中央児童館」の場所である。

しかし当時の場所は「荒れ放題」で、
しかも今のように舗装されていないため「登山」のイメージが
あったそうだが、魅力はなんと言っても「広さ」だったようだ。

昭和39年10月29日に、総工費5152万の工事が開始された。

冬期間の工事で厳しさがあり、さらに問題になったのが「亜炭坑」。

現在でもそうだが、「四平炭坑」の坑道が地下の至る所に走っており、
最初から「因縁つきの建設」のようだったという。

当時、現在の「長徳寺前」付近から炭坑があり、
その影響で中央児童館内の敷地では、何度か地盤崩落が起きている。

完成は昭和40年6月17日。


ここから現在の平成25年3月まで、
向山エリアの宮城県中央児童館の物語が、
48年間続いていくことになった。



IMG_2502.jpg
「モデル遊具園」


仙台市への売却方向で進んでいる「モデル遊具園」。

このエリア一帯は残る方向で進んでいますが、
タイトルでも出したように、
今回は「モデル遊具園」を取り上げたいと思います。


昭和44年7月に完成したモデル遊具園。
当時は「モデル遊園」と名付けられていたようです。

中央児童館の「遊具」の特徴は、
他では見ることの出来なかった遊具があったこと。

これには、ちゃんと狙いがあったようです。

モデル遊園という名前は、
この遊具園が宮城県内・全国のモデルになるように
期待を寄せて名付けたようですが、
当時の初代館長である「但木館長」を筆頭に、
スタッフ達の「夢を描いた遊具園」をモデルにしたことから、
「モデル遊具園」と名付けられたものと考えることも出来ます。

これらの遊具の財源は、「財団法人宝くじ協会」です。

当時、財源規模の小さい宮城県だったため、
さすがに財源が出せない事情がありましたが、
宝くじ協会から益金を提供するという話が出たために、
とんとん拍子に進んでいったそうです。

遊具のプランは8ヶ月を要しており、
かなり念入りに計画された遊具園だそう。


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14メートルのトンネルは、
子供たちの住みかとして造られたそう。

向こう側に見える「デジタルジム」と「滑り台」は、
遊具園のシンボルタワーとしての位置づけでもあるそうです。

高さに対する「対応性」「敏感性」、
「握力」「腕力」を付け、育てるために設計されています。

滑り台は16メートルあり、
スピードに対する挑戦を育てるために造られています。


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「あり地獄」と呼ばれる場所。

深さは3.8メートルあり、
周囲がそのままコンクリートの滑り台になります。

2面が30度、残り2面は45度の傾斜角度で設計されていて、
すべる、ころがる、駆けあがることが出来る
「斜め運動場」というテーマで造られた場所です。



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モデル遊具園の入り口にあるのが、
3.5メートルの山をスタートにして、
ジェットコースターに似た高さ2メートル〜5メートルの
鉄輪の巨大橋。

180メートルもある冒険の道です。

途中に様々な障害があり、
「冒険」「征服感」を満足させながら
「敏感性」「瞬発力」「耐久力」「平衡感覚」「柔軟性」などの
体力と安全能力を養います。



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特に大人の皆さん、分かりますか?

遊具は、
子供たちの発達のために、色々考えられて造られています。

体力も、感覚も、育てるために存在しています。

「危険だから、撤去」 じゃないんです。
色々多方面な意見もあると思いますが、
子供が怪我をすると親に文句を言われるから、
学校側が撤去しているという構図は
少なからずあります。
校長先生の独裁という部分もありますが・・。


この中央児童館では、「大人も楽しめる遊具」として、
利用者の年齢制限をしていません。


大人でも楽しめるように、0歳から100歳までの遊具であると、
初代館長である「但木館長」は言っています。

走る・くぐる・のぼる・こえる・すべる・とびこえる・ぶらさがる・
バランスをとる・とびおりる・漕ぐ・・・

子供たちは、遊具との自然の取り組みの中で
全てのエネルギーを発散させながら、
楽しげに、しかも真剣に遊びを繰り広げています。

子供は、遊びの天才です。

遊具の遊びの中でも、色々と学び、新しい知恵を生み出します。

この遊具の設計者は、*設計「仙田満 氏」
「挑戦的な遊具だから、それを征服した時の喜びは大きい」
子供たちはその喜びを噛みしめた時に、次の挑戦に応じ、
その場から離れることを忘れてしまう」
と言います。  

現に当時、
子供連れの両親たちや学校の引率の先生が、
「もう帰ろう、と言っても中々帰ろうとしない」と言います。

遊具に加え、「友達も一緒」がプラスされていれば、
なおさらでしょうね。


IMG_2504.jpg


写真の木ではありませんが、
この中央児童館では「木登り」も推奨していました。

木登りコーナーという木が存在していました。

さらには「ロープ」を吊せば、
「ターザンごっこ」ですぐ子供たちが反応したそうです。

自然に恵まれた場所であるため、
遊具だけではなく「自然も味方に付けたモデル遊園」でした。



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今月をもって閉館する
向山エリア「宮城県中央児童館」。

「駐車場が存在していない」ことがネックですが、
ちょっと離れますが、
萩ケ丘の警察職員宿舎前の道路や空き地にクルマを
止めて歩くという方法が良いようですね。

ご覧の通り、道路が狭いですので路駐も厳しいという
状態があります。



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桜の季節は、良い風情が出るのですが、
ご覧の通りクルマで凄いことになってしまいます・・。

狭いんです、道路幅が・・。



最後に、この中央児童館の特徴です。


この施設は、「すべて無料」でした。

子供の遊びは、すべて平等に与えなくてはならないという
考え方があるからだそうで、
お金がないから遊べないという事は、
基本的に子供の人権に関わることであるという、
設置された頃からの方針です。

誰でも平等に利用できる。


その流れで「売店も設置しない」という事にしています。

1人ジュースを飲めば、見ている子供も飲みたくなる。

しかしこの場所は、
お金を持っている子供だけの遊園ではない。

どの子供も、
平等に遊びを楽しむことが出来る場所でなくてはならない。


その方針が48年間続けられ、閉館する「中央児童館」ですが、
今回ピックアップした「モデル遊具園」は、
4月以降も遊ぶことが出来ます。

思い出したら、行ってみて下さい。


平等な夢の地へ。

子供が育つ、夢の地へ。


★★★


posted by 八木山取材班 at 03:18| 宮城 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 八木山放送局NET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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