2013年09月03日

八木山エリア 最古貴重写真 その2

★★★



グズグズの天気が続いています仙台市です。

埼玉・千葉では竜巻被害があり、
異常気象的な日本になっていますね。

ただ「私たちの記憶から薄れている」事も多く、
竜巻も震災も津波も、
自然災害というものは過去も起きています。

東日本大震災の大津波も「1000年に1度」
と言われ、大半の人が「知らないで生きてきた」
経緯もあり、当初は「過去にない災害」とさえ
思っていた方も多いでしょう。

「風化」という言葉は、
悪いようなイメージもありますが、
人によっては「風化した方がよい」場合もあります。

先日、被災地の沿岸沿いで本業があった際、
小さい子供たち数人が、
「津波、こわい」 という言葉を出していたのを
耳にしました。

震災以来なのか「海を見たことによって感じてしまった」
のでしょう。
おそらくこのまま大人になっても、
「トラウマ」として残り、「海は怖い」「行きたくない」
というものを感じ、思いながら成長してしまうのだと思います。

その時、親である大人たちが、
「海を見せないで成長させる」のか「克服させていくのか」
で、今後の将来に大きく影響してくるのでしょう。


野草園より19630924[2].jpg



さて先日の続きです。

以前ご紹介したことがある
「野草園」から撮影された「1963年・昭和38年」
のご提供写真です。

現在ではこのアングルから撮影できませんが、
大年寺山にある仙台放送さんの社屋からですと、
似たようなアングルで撮影できるかも知れない1枚です。

東北放送方向を写しています。

この写真、あえて白黒にしてみました。
「古く見える」イメージがあるでしょうか。

実は原本は「カラー」です。

野草園より19630924[1].jpg



これです。

「イメージ」というものは恐ろしいモノで、
カラーになると「10年くらい前?」などと
感じてしまうほど錯覚してしまいます。

八木山エリア付近の当サイトが掲載させて頂いた
住宅エリア付近では「最古記録写真」が、
この写真になります。

「1963年・昭和38年 9月24日」です。

あと数週間で「50年前」という事になります。

今では、住宅地だらけになっていますね。

この時期に「カラーで残る写真」は貴重です。
東京オリンピックの前の年です。

カラー写真は「1970年代に普及」していて、
今や少なくなった「カラー現像所の写真屋さん」が
登場したのは「65年頃から」です。

1963年10月に、
フジカラーN64 という一般用フィルム
「35mm判・12枚撮および20枚撮り」
が発売されていますので、
この写真は
「カラーで残る貴重な八木山写真」になるかと思います。

なにせ1965年・昭和40年頃で、
カラー写真の普及率は10%前後と言われていましたので・・。


八木山神社バス停西側より[1].jpg



これも以前ご紹介したことがありますが、
東亜タクシーさん付近からの写真。

1967年11月に撮影された1枚です。

上記でご説明した通り、
「この時期は白黒が普通」の頃です。

上記に野草園写真よりも古く見えてしまいますね・・。

この付近での当サイト掲載では、
「最古写真」になります。

この辺りの住宅地に住む方には、
もっと昔の写真があるかも知れませんね(^_^;)

左側の三角形の部分がありますが、
「北二ツ沢」と「南二ツ沢」を分けていた尾根筋の残り
だそうです。

この辺りには「沢」があり、
さらには三角の山のようになっている高さも見る限り、
このような立地を造成していた証拠写真でもありますね。



八木山神社バス停西側より[2].jpg



寄ってみますと、現在地下鉄工事をしている
八木山本町エリアまで見えていることがすごいですね。

現在では住宅地が満載になっていることもあり、
絶対に見ることの出来ない写真です。




このような貴重写真、
今後もビシッとお待ちしております。

宜しくお願いしますm(_ _)m




★★★


posted by 八木山取材班 at 19:15| 宮城 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 太白区八木山界隈 今昔 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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