2014年05月30日

天守台ルート 石垣崩落から半年後の風景 

★★★


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平成23年3月11日。
あの東日本大震災で現在も通行止めが続く
「天守台ルート」

昨日の「通行量調査」のデータからも、
わずかに影響は見えている気がします。


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震災直後、この天守台ルートを通って帰宅した取材班。
後の話では、その少し後に「通行止め」の処置が取られた
と聞いています。

震災から数日後、取材班は再び天守台を訪れ、
崩落現場を記録、
その後ブルーシートに被われ、
1年近く放置の状態が続きました。

現在は、ご存じの通り復旧工事が進められ、
来年3月頃の通行止め解除を目指しています。


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これは、
震災から半年後天守台ルートの風景です。
初公開の写真もあります。

ここは仙台市の道路になりますが、
通行止めにして「手付かず」の状態にすると、
「道路はこういう風になる」という見本のような写真です。

当然、道路管理においては「私たちの税金」が投入され、
整備や草木の伐採などの処置が行われています。

市役所などの「役所」という機関が、
この日本に存在せず、税金も存在しなかった場合、
おそらく「個人や会社所有の道路や土地になる」
という制度になると思いますが、
そうなってくると、色々とややこしい状態になります。

個人が所有していたりすると、
道路を修復しろとか、金がないからとか、
そんな問題が起こりますね。

税金という制度のもと、役所が管理し、
維持・管理が実施されているからこそ、
現在通っている道路などがビシッとなっている訳です。



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地震により、倒木があったりと、
石垣だけではない被害状況がありました。

この場所は山であり、
地すべりなどの2次災害が起こる可能性は
十分に秘めていた場所です。

大雨の後の土砂崩れも、起こるエリアですので、
通行止めの理由は、石垣だけではありませんでした。


IMG_9716.jpg

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現在、石垣は元に戻す作業を実施しており、
全てではないと思いますが、
史跡でもあるのでシートに被われています。
当時公表しなかったのは、
石垣の盗難という事態にならないよう、
警戒していたという理由もありました。


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地震により、
ゴロゴロと転がってきたと思われる石。

こういう危険も、余震が多発していた時期は、
当然のようにありました。

3年が経ち、何となく落ち着いてきた感じがありますが、
当時を思い出すと、揺れているのが当たり前・・
そんな時期でした。


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本来、クルマなどが通行していると、
落ち葉などは路肩に吹っ飛ぶものですが、
何も通らなくなると、こうなるのですね。

ゴールデンウィーク付近を限定して、
昨年より限定通行可能にしたので、
現在はこうなってはいませんが、
3年も何もせずに放置してしまうと、
道路さえ見えない状況になってしまうのでしょう。


IMG_9736.jpg



現在でも、取材班は中心部に向かう時、
向山ルートか八木山橋ルートか・・
迷ってしまいます。

八木山橋ルート・工学部ルートを通り、
天守台の下に出て西公園に向かうと、
「なんか損した気分・・」
に思えてしまうのは、取材班だけではないと思います。

ただ見方を変えると、
天守台ルートは「徒歩・自転車」においては
通行可能ということもあり、
「道路の真ん中を堂々と歩ける」
という利点もあります。

何度か、道路の真ん中に寝て、
空を眺めた事がありますが、
結構、気持ちいいモノです。

通行止めの期間、限定ですし、
写真を多く撮る取材班からしても、
「これまでは撮れなかったアングル」も
撮る事が出来ます。

「悪い事ばかりじゃない」と、
良いところを見つけて生活すると良いのかも知れません。


IMG_9705.jpg



来年3月中のどこかに、
順調にいけば「開通」します。

天守台ルート、その時まで、
道路を歩いて散歩をしてみてはいかがでしょうか?




★★★


posted by 八木山取材班 at 23:05| 宮城 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 八木山放送局NET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
自分は311の雪が降り始めた頃、ちょうどこの石垣の下の隅櫓の上のあたりにおりました。
大学方面から八木山に行こうとしたら、天守台の職員の方たちが「八木山橋は渡れない状態だ」と交通整理をしておられ、
あの橋も落ちたのかと戦慄したのを覚えています。
突然の雪もあって車でギッシリで上も下も渋滞で動かなくなり、情報も入らない中、
余震の度に、石垣をみんなで見上げておりました。
昔、何年も続いた石垣工事がもし無かったら、
仙台の象徴である青葉城が大変な事になっていたと本当に思います。
何故か誰もラジオは聞かず、数百人が海の方で倒れているという理由不明の形でしか伝わっていませんでした。
津波のことは翌朝、八木小の辺りから海の方を見て違和感を感じ、号外で知りました。
現場だと巨大な危険が意外と伝わってこないというのを、
今になると感じます。
天守台の道は、交通網が整備されつつ有る八木山ですから、
個人的には遊歩道にしてしまっても良いのかなと思いますが、
4輪車の方だと、やはり必要な道路でしょうか。
でも、車からの景色も良いし、石垣も頑丈になって、
車の振動程度ではもうびくともしないか。
Posted by fff at 2014年05月31日 11:21
fff様 コメントありがとうございます。

取材班は、まだ八木山橋が通過できる時間帯だったため
無事に渡ってきましたが、やはり橋の落下に恐怖があり、
1台1台通過した光景は、今でも忘れません。
取材班も、橋が落ちたか・・という想像をしました。
あの渋滞の理由は、八木山橋でした。

慣れたせいか、天守台ルートが無くても生活できますが、
便利さを知ってしまうと人間ダメですね・・、
取材班は早く復旧してもらいたいと思っています(^_^;)

Posted by 八木山取材班 at 2014年06月06日 20:39
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