2015年07月22日

「取材班が行く」 廃橋の行く末 〜 青葉山橋編 〜  

★★★



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ひより台大橋 〜川内旗立線の一部〜



都市計画道路。

戦後に計画された都市計画道路は、
昭和41年に放射状線や環状線を配置した道路計画に大幅に見直され、
さらにバブル崩壊後に再び見直され・・
5年前の2010年案が出され、後に変更されています。

仙台市は「3環状12放射状線」と銘打ち、
「都心環状線」「内環状線」「市街地環状線」の3環状があり、
その内の「内環状線」には
「長町八木山線」「八木山柳生線」「川内旗立線」が、
「市街地環状線」に「郡山折立線」が入っています。


比較的、都市計画道路の多くに「八木山が絡んでいる」実情があり、
その分、「廃止路線」も多くあります。



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「郡山折立線」



郡山エリア〜富沢エリア〜八木山南〜折立エリア
を結ぶ「郡山折立線」。
通称・八木山南グリーンベルト。

昭和時代の計画では、八木山エリアと茂庭・折立エリアを
結ぶ計画道路が4本ありました。

しかし変更に変更を重ね、
「八木山エリアから折立方向に向かう計画道路」は、
石井模型さんの前の道路、
グリーンベルトがある「郡山折立線の1本のみ」になっています。


そしてもう1本・・。
今日のテーマのキーポイントです。

八木山小学校前〜芦口小学校前〜長町エリアをつなぐ道路。
「長町八木山線」。

この計画道路は、昭和時代「長町折立線」と呼ばれていました。

当時は、長町と折立をつなぐ道路として計画されていましたが、
現在は計画が変更され「長町八木山線」となり、
この道路で折立エリアとを結ぶ計画は、消えました。


当時は、「デイリーあだち」前の交差点での「八木山止まり」ではなく、
「折立エリア」までをつなぐ計画道路でした。

現在も存在する「茂庭折立線」とをつなぎます。

しかし、昭和当時から「長町折立線」も「郡山折立線」も、
八木山で「ストップ」していたため、
昭和当時から「実現する気があるのか・・」という思いもある中で、
「実現するつもりだった証拠か?」という
建造物があります。


それがタイトルにもある「青葉山橋」です。

どこにある?? と思う方も多いでしょう。

今回のシリーズ「取材班がいく」は、
この橋を目指してみました。



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毎度お馴染みの・・朝鮮学校の横を抜ける
「青葉山酷道・・遊歩道・・峠道」です。

春の時期を超えると、茂みがワサワサになるので
あまり夏の時期に入るのはお勧めできません(^_^;)

特にクルマです。 草木にビシッと擦りやすくなっています。

水たまりも多数あり、クロカン4輪駆動でもスタックする
可能性もある酷道です。
以前、パジェロミニという4駆でさえ、
「ぬかるみにハマる」というシーンを見ました。

ご注意くださいm(_ _)m

そしてこの季節は、「クマさん登場」の危険もあるので、
あまり気軽に向かうのは危険かもしれません。



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仙台城址の石垣崩落による通行止めが解除されているので、
この「青葉山峠道」を通る方は、
少なくなってきたかも知れません。

このポイントに来ると、
「問答無用で左折」ですが、、
直進してしまうと「行き止まり」となっています。



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間違って進むと、完全に行き止まりになるので
ご注意ください。

ただGoogleマップで判断する限り、
どういう道なのかは分かりませんが、
途中までは行けるようです。

仙台西道路付近のゴルフ練習場の付近まで、
何らかの歩道が見えます。

さすがに、
取材班でさえアタックする度胸が・・、
と思うほど険しそうな道です。



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郷六エリア方向に向かうと、
ガードレールが新しくなっていることが分かります。

そして、間もなく・・今日のテーマが出てきます。

テーマは「橋」です。
こんな所に橋があったかな・・と思う方もいるでしょう。

実は皆さんは1度くらいは
見たことがあるのではないでしょうか。



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これです。

八木山方向から進むと、
高速道路が左側に見えてきた付近から、すぐの所にあります。

気にして見たことがあるでしょうか。

ここからは、橋脚しか見えませんが・・



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Googleアース



航空写真で見ると・・桁もあります。

しかし・・
橋の「橋脚・桁のみ」という、
高速道路を跨いでいるだけ・・という橋で、
両脇が、全くつながっていません。

それでも、歩道も設置できるほど、
幅が広い橋になっていることが分かります。

車両は「片側一車線の道路」計画だったと思われます。



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Googleマップ



高速道路を走っていると・・
両脇がつながっていないということは、
分かりにくいですね。

普通の橋に見えてしまいます。

普通の橋に見えますが・・実はこの部分だけしかないという
「変な橋」なのです。



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この途中で止まっている橋・・
これが「青葉山橋」と言います。

いつからあったのか・・

驚くことに「1975年2月」に建造され、
その当時から存在しています。

日本道路公団が建造しました。



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高速道路の上に架かる「青葉山橋」の茂庭エリア側、
写真にある山を一つ越えると「茂庭折立線」があり、
トンネルを掘る計画だったことが分かります。

しかし、そのトンネルは掘られていません。

そして・・おそらく八木山側は、
開削して山を切り開く感じで
計画していたのではないかと思います。

八木山側も、
トンネル計画だったかも知れませんが・・。


そしてそして・・
この青葉山橋は、1975年から何のために・・

平成初期の都市計画道路図には、
上記に記載した八木山小学校前の道路、
現在の「長町八木山線」当時の「長町折立線」と
この「青葉山橋」が、つながっています。


さらに、当時の計画道路では、
石井模型さん前の「郡山折立線」が、
上記の「長町折立線」と合流・交差し、
この青葉橋を使用して折立エリアと
つながるという計画道路になっていました。


つまり昭和40年代、日本道路公団と仙台市が
どんな計画・協定を締結していたのか不明ですが、
都市計画道路・当時の「長町折立線」は
「茂庭方向からも進んでいた」ということになります。




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驚くことに、
この青葉山橋が完成した1975年は、
東北自動車道が「仙台南〜泉インターチェンジ」まで
開通した年でもあります。

この時期に、浦和から仙台まで
東北自動車道が結ばれたんですね。

この年と同じタイミングで、
「青葉山橋が造られた」という事実。

そして仙台市ではなく
「日本道路公団」が建設していた点。

色々と、想像が出来てしまう橋ですね。



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青葉山峠道から見ると、この高さになっているので、
峠道とは合流させない道路・・ということは明らかで、
八木山とを何らかの方法でを結ばせる予定の、
現在は「廃橋となっている青葉山橋」です。



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工事は大半が終わったようですが、
最近まで「青葉山橋の落下防止対策工事」が実施されていました。

なんと言っても、1975年建造ですので。。


「一度も車が通ったことがない橋」
ではありますが、
落下防止工事等を実施していることから、
「潰すつもりはない橋」ということでもあるのでしょう。

取材班も気づきませんでしたが、
1975年・昭和50年から存在した「青葉山橋」。

昭和41年、道路計画に大幅に見直され、
実行に移された「青葉山橋」。


光を浴びる時は、いつになるのでしょうか。




★★★
posted by 八木山取材班 at 01:05| 宮城 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 八木山放送局NET | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
青葉山橋、その手のマニアには有名な物件ですよね。
10年近く前のものですが、あろうことか青葉山橋の上に上がって渡ってしまったマニアの方のレポートがあります。
http://yamaiga.com/koneta/koneta_89.html
一般人は真似してはいけませんが。。。
Posted by 元八木山南住人 at 2015年07月24日 00:14
コメントありがとうございます。

拝見致しました(^_^;) どうやって上ったのでしょう・・。

取材班も、実はどこからか上がれないかと探しましたが、
上がったとしても掲載出来ないのでやめました(^_^;)
Posted by 八木山取材班 at 2015年07月24日 19:22
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