先日の7月18日、
仙台城の石垣ライトアップがリニューアルされました。
これまでは、「白一色」でしたが、
本丸石垣と伊達政宗公騎馬像のライトが、LEDに変更され、
カラフルな光にチェンジできるようになったそうです。
毎日 日没〜23時まで点灯しています。
早速、取材班行って見てみました。
この時期にまったり写真を撮りに行きますと、
あっさり蚊に刺されますのでご注意ください(^_^;)
18日に点灯式が行われたようですが、
先週、この通りを通った方は気づいた方もいるかも
しれませんが、「試験点灯」が実施されてたようです。
他の取材班の話では「ショッキングピンク」だったと(^_^;)
仙台城が吉原のような雰囲気になっていたようですが(^_^;)
大年寺山のテレビ塔でもお馴染みですが、
一定時間でカラーチェンジをしています。
取材班が確認した際は、青がベースで、
紫のような色も混ざり・・夏イメージなのでしょう。
来月の七夕祭りの際は、
3日間限定カラーが点灯するそうです。
写真はシャッターを開放気味で撮っているので
明るめに写ってしまっていますが、
実際はもう少し暗く見えます。
ですので・・不気味に見える方は・・
そう見えるかもしれません(^_^;)
とはいえ、白一色だったこれまでと違い、
色が付くと面白いですね。
もちろんこれまでのように白にも出来ますが、
欲を言えば「プロジェクションマッピング」
というものも、この石垣で見てみたい気がします。
さて、せっかくなので中にも入ってきました。
夜間は駐車場が無料で開放されていることもあり、
カップル大勢でしたが、
夏休みに入ったこともあり家族連れも多かったですね。
ライトアップはされていませんが、
新たな見せ場として登場した「大広間」も・・
上記写真で確認できるでしょうか。
最近、震災で落下した「金鵄像」が修復されることになり、
東京に運ばれていきました。
慰霊碑の上にあったトビのブロンズ像です。
震災で落下し、頭部や左翼が壊れましたが、
2017年3月に戻ってくるそうです。
上の写真でも見えるかと思いますが・・
伊達政宗・騎馬像もライトアップされています。
この騎馬像もLEDライトアップになり、
一定時間でカラーチェンジが行われています。
取材班が行ったときは・・
この赤っぽい・・ピンクっぽいカラーが多かった騎馬像です。
試験点灯で取材班が見たというショッキングピンクは・・
この色だと思いますが、
ライトアップは「ウェスティンホテル」などからも
見えているはずで、
遠目からは「なにごと、政宗殿!?」 と思われるかも
しれませんね(^_^;)
たまたまこの色で撮影した取材班が悪いのですが・・
他にも色がありますので、ぜひ見に行ってみてください♪
昨日、2週連続でオンエアされていた
NHK「ブラタモリ 仙台編」が終わりましたね。
地元に住んでいながら、
知らないことが多くあったのではないでしょうか。
八木山エリアは、あいにく城下町とは縁がない
「一般は立ち入ることを許されなかった山」でした。
とはいえ当時の越路山は「防衛上の意味合い」が
強かったと言われているので、
記録にも残されていない「極秘の何か」があったかも・・
という想像も出来て楽しめるかもしれません。
ブラタモリの番組でも触れていましたが、
伊達政宗の晩年は「当時の若林城」だったとのことで、
仙台にいる間は若林城に住み、
仙台城には年始など特別の行事にしか登らなかったと言います。
仙台城には、政宗の子である伊達忠宗が住んでおり、
幕府から既に大名としての待遇を受けていたと言います。
山城として建造した仙台城でしたが、
はじめは一時的な遊興や休息に用いていたものの、
「山城の不便さ」のせいか、花壇の地に屋敷を作ったことで、
そこで住むことが多くなり、さらに晩年は若林城へ・・
という流れだったようです。
いつの時代も・・山登りは辛いのでしょうね(^_^;)
ちなみに2代目伊達忠宗の時代、
越路山から三神峯〜現在の八木山南付近の佐保山まで、
現在の286号線に近い、当時の東街道沿いに、
鹿の被害を防ぐための「鹿除土手」という防護柵のような
ものが築かれています。
これが、不法侵入を見張った防衛の意味があったと
言われています。
そう考えると、現在の八木山エリア、
「当時の関係者」は沢山歩いていたのかもしれません。
さて、昨日から毎晩見ることが出来るライトアップ。
23時には消灯してしまいますが、
リニューアルした「夜の憩いの場所」として、
皆さんに利用して頂ければよいですね。
八木山の、仕事帰りのマイカー通勤のお父さんは、
帰りに毎日見ることが出来るでしょうか♪
みなさん、ぜひ(^^)
★★★



ご指摘ありがとうございました。
記事を修正させて頂きました。
鹿除土手の絵巻などが見てみたいですね(^-^)
いつごろまであったのか不明ですが、
どのような雰囲気だったのか興味があります♪
仙台市史通史編B近世1に掲載されている『名取郡北方鈎取村絵図』に杉土手が描かれています。
また、仙台市史特別編2考古史料「杉土手」のページや、史料編近世(1〜3のどの巻)の所収の長町宿あたりを描いた『仙台領奥州街道絵図』か『増補行程記』にも描かれていた記憶があります。
掲載には許可が必要になると思いますので、直接仙台市史を開かれるとよろしいかと思います。